• ブログやツイッターで連絡をくれた人から英語について聞かれることが多い。

    私は良いと言われることは大抵試していて、その上で生活に組み込めることを積極的に習慣にしたので、一般的な英語の勉強法ならこの記事を読むよりそれを専門に仕事をしているような人たちのブログやYouTubeの方が役に立つと思うけれど、気になる人は参考にしてほしい。思い出せる限りのことを時系列で書いていく。

    中学高校時代

    私は中学1年生の時に英語を始めた。英語が好きだったので、教科書に出てくる単語は試験のたびに全部覚えるとか、予習ノートを完璧に作るとか、何度も教科書を音読して覚えるとか、そういう学校の先生が中高生に勧めるようなことは全部やっていた。高校生になってからは、昼休みによくAssistant Language Teacherに会いにいって、気になる新聞記事などを訳してそこに自分の意見を加える、というようなことをしていた。

    高校生くらいから、ノートの日本語訳を完璧な文法の日本語にしないで、英語のまま前から訳すスタイルの和訳を始めたと思う。例えば今日のBBCのヘッドラインを飾る、ボリスジョンソンが議会で嘘の答弁をした件では、こんな感じになる:

    • A report by MPs says / ex-Prime Minister Boris Johnson deliberately misled the Commons / over lockdown parties / at No 10.
    • 議員たちによるレポートはこう言う / 前首相であるボリスジョンソンは故意に庶民院を欺いた / ロックダウン中のパーティーについて / No 10における

    これは遠山顕さんのポッドキャストで紹介されていたやり方で、今は遠山顕の いつでも! 英会話入門というのを運営されているようだが(今聞いた感じでは上記の和訳スタイルはとっていない)、当時はビジネス英会話のポッドキャスト(と他にも1つ、プログラムがあったような気がする)を運営されていて、そこでは上記のような訳し方をされていたので参考にした。

    中学生から高校生にかけてはNHKのラジオ英会話もやっていたと思う。毎日だったか毎週だったかすら覚えていないが、きちんと毎回聴講することに達成感があったことはおぼえている。ラジオ英会話のテキストには(今もそうなのかは知らないが)巻末に単語カードがついてくるので、それを切り取って箱に集めて、数学や物理など嫌いな科目を頑張った後の息抜きにダラダラ眺めるなどしていた。高校生くらいからは英語は勉強するものではなく「楽しい息抜き」になっていた。教科書の英文をノートに書き写す作業は今思うと写経のような心を無にする時間で瞑想的だったのかもしれない。

    日記やブログや手帳も英語で書いていた。環境問題や動物愛護に強い関心があったので、それでブログを書いて、外国の同い年くらいの人にコメントをもらえるのが嬉しかった。日記やブログの難点は間違った文章も添削されないことだが、最近はlanguage exchangeのウェブサイトやアプリがたくさんあると思うので、そういうのも使うと良いと思う。

    嫌いな数学も、英語でやれば好きになるかもしれないと、アメリカの高校生向けのウェブサイトを見ることがあったし(結局数学は好きにはなれなかったけれど)、生物では図表の巻末のIndexに日本語の用語に加えてその英語訳が載っていたので、その英語もこまめに図表の該当ページに書き込むなどしていて、本当に英語狂いだったと思う。

    今も覚えてるお気に入りだった参考書は、英文標準問題精講キクタンテーマ別英単語 ACADEMIC [上級] だが、もう昔のことなので、今はもっといい参考書がたくさんあるかもしれない。

    医学生時代

    大学生になってからは、多分1-2年くらい、週2-3回くらいのペースでオンラインのグループ英会話のレッスンをやっていたと思う。当時はスペースアルクが定額で好きなだけ受講できるグループ英会話の事業を展開していて(今調べるとグループレッスンはもうやっていないみたいだ)、1-3人の受講生と一緒に講師1人と英語で会話する、ということをしていた。最近はオンラインのレッスンも色々あると思うので、費用や利便性の面で自分に合うものを探してみると良いと思う。

    少し話が逸れるが辞めた理由を今も明確に覚えていて、それはあるグループレッスンで、60代くらいの女性が「女子力」を「ガールパワー」と訳していたことが発端だった。当時「女子力」の押し付けと自分の意志や行為が全て「女子」の観点に回収されていくことに強い不満を覚えていた若かった私は、それが許せなくて、「女子力」の含意と「ガールパワー」の含意が文化的に異なること、日本での(少なくとも当時の社会での20代前半の女性に対して使われる)「女子力」は女性を特定の型にはめ込みそうでない女性を揶揄する言葉として存在していて「ガールパワー」とは対極にあるもの、を説明したかったのだが、当時の英語力ではそれがうまくいかず、その女性にはあなたが間違っていると言われ、講師にまで「あなたがそういう雑誌ばかり読んでいるからあなたの周りでは『女子力』はそういう意味なんでしょう。ガールパワー=女子力=女性をエンパワーする言葉だ」などと馬鹿にされてしまい、腹が立ったので辞めた。

    話を戻すが、通学時やランニング中のポッドキャストも変わらず日課だった。英語の映画も積極的に観ていたが、英語で字幕なしで映画を観るのはまだ当時の私には難易度が高かったと思う。

    医学英語については、病気がみえるのフッターについている医学英語とその和訳をひたすら暗記した。その上で、英語の教科書を好んで使っていた。医学部4-5年生くらいになると、試験の解答を英語で書くなどしていたと思う。今思うと大変迷惑な学生だし、何を考えていたのか自分でもわからないが、それくらい英語が好きだったことの証左だと思う。

    単語の暗記は、当時は泥臭いやり方(横向きA4用紙を8つの列ができるように折りたたみ、列1に英語、列2に日本語、列3に列1の英語を隠しながら列2の英語を書いて答え合わせ、列4に列12を隠しながら列3の日本語を書いて答え合わせ、…として英日英日英日英日でA4用紙の8つの列が全て埋まるようにテストしつつ書いて覚えることができる)をしていた。部屋中に付箋を貼って覚えることもしていた。ただ医学用語については、デジタル化が進む現在一般的なもの以外は正確なスペリングを求められる機会はほとんどないと思うので、Ankiのアプリなどを使った方が効率がいいかもしれない。

    ちょっと閉鎖的な地方で育ったので、違う世界を感じさせてくれるJapan Exchange & Teaching Programmeでやってくる英語圏の友達と時間を過ごすのがとても楽しくて、それも定期的に英語に触れる機会になったと思う。そのうちの3名とは今も連絡を取り合っている。他にも医療通訳や国際交流センターでの通訳ボランティアなどをしていた。

    研修医時代

    通勤時やランニング中のポッドキャストも変わらず日課だった。英語で字幕なしで映画を観ても70-80%くらいわかるようになってきた。

    私は手稲渓仁会病院で研修をしたので、当時は教育担当として米国医師免許をもった英語を話す医師が常駐しており、英語での教育回診や講義がたくさんあった。帰国子女の同期もいて、私のつたない英会話にも付き合ってくれた。それまで自分は周りの社会にとってなんとなく異質な存在だったが、この病院に来て初めて自分がそんなに変じゃないと思えるようになって居心地が良かった。今はアメリカとのパイプがさらにパワーアップしているようなので、(米国に限らず)いつか海外へ、英語での臨床に興味がある、という人にはおすすめの病院だ。

    手稲渓仁会病院の研修医が地域医療で訪れる病院の一つの倶知安厚生病院も大変素晴らしいところで、研修医として過ごした1ヶ月がとても居心地が良かったこと、英語を使う機会がふんだんにあったこと(世界的なリゾート地ニセコに隣接しているため)から、奨学金をいただく留学期間が終わって日本に一時帰国する時にはここの病院の総合診療科で働かせてもらった。手稲のような英語での教育回診はないが、ある程度英語ができて実践的な訓練をしたいという人には大変おすすめの病院だ。いつか海外に行きたいという人でも歓迎と診療部長の先生に言っていただいたので、興味のある人はぜひコンタクトを取ってみてほしい。

    イギリスで

    研究/院留学中もきっと英語力が上達したと思うのだが、あまりそれを感じることはなかった。留学すると英語が手段になって、英語そのものを集中して勉強するわけではないので、英語力を向上するだけが目的なら、日本で貪欲に上述したような方法でガリガリ勉強した方が上達するような気がする。

    英語力がかつてなく向上したと実感したのは英国で臨床医になってからだった。否応なく1日8-11時間もの間英語を聞いたり話したり書いたりしなくてはならなかったので、勤務当初は疲れると日本語が顔を出していたが、今はそんなこともほとんどなくなった。

    なので、留学は留学でも、毎日10時間くらい英語を書いたり話したり聞いたり読んだりする留学なら、英語力の向上は間違いなしだが、1日5時間くらいの学校生活とか受け身の姿勢では、留学は英語にそんなに役に立たないのではと疑っている。

    社会人になってから

    大人になってからイタリア語を勉強して上記に追加して思うのは、

    • 訳ではなくイメージで覚えることの重要性
    • 1日5分でも良いから習慣にすることの重要性
    • Youtubeもとてもいい教材になること

    だ。イメージで覚えることで、訳語を介さないでそのまま英語(外国語)が口をついて出てくるようになる(詳しくはFluent Forever How to Learn Any Language Fast and Never Forget Itを読んでほしい)。

    それから、言語は結局いくつかのパターンの組み合わせで成り立っていて、例えば英会話は瞬間英作文能力なので、大量に文章を覚えるとあとはその中をちょこちょこ変えるだけで話せるようになる。その辺もこの本に書いてあるので参考にするといいと思う。

    イタリア語をはじめてもう3年近くになるが、1日5分でもいいから細々と続けている期間と、週末に3時間くらい勉強してその後3週間休んで…というサイクルで勉強をしている期間とでは、前者の方がイタリア語が身についていたと感じる。

    Youtubeは言語学習の邪道だと思っていたのだが、最近はとても良い動画がたくさんあるので、積極的に使っている。英語や医学英語に関してもきっとそうなので、疲れて何もしたくない日でも「5分だけ」と思ってダラダラ眺めてみるといいかもしれない。

    ほかにも何か思い出したら追加で書くが、やはり語学学習は細く長く続けることに限るので、自分にあった楽しめて長続きするやり方を見つけて欲しいと思う。

  • 私はイギリスに来て3箇所の家に住んだ。1つ目は大学の学生寮(en-suiteでキッチンのみ共用)、2つ目は友達とのハウスシェア(キッチン、お風呂、トイレ共用)、3つ目は現在の病院寮(en-suiteでキッチンのみ共用)だ。トラブルが少なかったのは学生寮くらいで、ハウスシェアも病院寮も少なからずトラブルがあった。

    そろそろ次の家に引っ越すので、これまでのトラブルや家探しのこと、引越しについて書こうと思う。

    大家がひどい

    イギリスの大家は契約者から不当にお金をむしり取ったり不法に追い出したりすることで知られているので契約時は心してほしい。病院勤務や大学生活が決まっている人は、個人契約よりも病院の寮や大学寮がおすすめだ。

    オックスフォードで住んでいた家は、私の友人たちが9月に、私が少し遅れて10月に入居したのだが、「クリーニング済」のはずが、床に泥が落ちていたり、冷蔵庫の中に腐った食べ物が入っていたり、トイレが汚かったり、散々だったようだ。友人が几帳面に全て写真を撮ってくれていたおかげで、退去時に何かと文句をつけてデポジットを全額巻き上げようとした大家からはデポジットをほぼ全額回収することができた。また、クリーニングについて入居時の9月時点で交渉開始していたものの、実際に掃除の人が来たのは11月くらいで、到着時は私のハウスダストアレルギーがかつてなく悪化して心身共に不調だった。掃除の人がきた後も、少しかびくさい家だったので、1年にわたってなんとなく調子が悪くて、今の病院寮に移ってからは日中の眠気や倦怠感が劇的に改善した。

    大家は塗装会社を経営する人でいつも秘書さんとやりとりしていたのだが、メールを3通くらい送ってやっと返事が返ってくるという感じで、家の中に侵入する蔦、開かない窓、水しか出ないシャワー、お風呂場の配線が切れたように思われる電気、バイクスタンドに放置された自転車の撤去、前住人の電気代未払い問題などについて交渉をするのが大変だった。

    電力会社がひどい

    イギリスの電力会社は最近よく潰れているようで、電力会社が潰れると日本のヤミ金業者みたいなのが利用者に取り立てにやってくる。私たちが引っ越した時は、Iglooという会社との契約だったのだが、Iglooにはその住所で既に(前住人との)契約が存在するとかで、私たちが新たなアカウントを開設して支払いをすることができず、Igloo側もそれを解決しないまま倒産してしまった。

    倒産後はE.on Next に移って支払いも滞りなくできたのでそれはそれでよかったのだが、なんとIglooが住所のアカウントから未回収分の電気代についてヤミ金業者が取り立ての手紙を送ってきた。それが驚愕の額で、数ヶ月で使えるような電気代ではなかったので、こちらが外国人の学生たちだからと足元を見て不当な利息を吹っかけてきているのだろうと思った。

    ヤミ金業者の手紙には日付があって、「この日付から1週間以内に支払せよ、さもなくば額がさらに膨れ上がり・・・になる」みたいな脅しが書かれているのだが、イギリスの郵便事情ではその日付から1週間以内に届くことは稀で(当時住んでいたオックスフォード市のマーストンという町では町長に立候補する人の選挙公約に「郵便事情を改善する」が挙がるほどだった)、届いた時点で既に支払い期限を過ぎているということが何度かあった(ヤミ金業者はしつこく請求書を送ってくる)。

    困っているところを助けてくれたのが Citizens Adviceだ。生活で起こりうるあらゆる問題を網羅してくれていて、かつ無料で相談に乗ってくれる団体で、ここでアドバイスを受けて、Iglooの特定の役職の人とヤミ金業者の両方に、教えてもらった文言(忘れてしまったが特定の言い回しがある)で相手が開封したタイミングがわかるメールの機能をつけて連絡をした。

    その後しばらく(数ヶ月にわたって)Iglooとヤミ金業者とやり取りをして、請求額が実は前住人の1年分の電気代だということが判明した。前住人は1年分も電気代を踏み倒して出て行ったみたいだ。

    私たちはIglooと何度も支払いについて交渉していたので、その記録がメールで残っていて、それを元に請求は大家にするようヤミ金業者に説明をして(これも何度も何度もやり取りをして説明しないと理解してもらえなかった)、やっと責任が我々から大家に移ったのだが、先述のひどい大家なので一連のトラブル解決は結構大変だった。解決した時にはみんなでパブに行きビールでお祝いした。

    ハウスシェアは、同居人と衛生観念や生活サイクルが合わないとストレスになってしまうこともあるが(病院寮では、私とインド出身のナースがキッチン清掃係のようになってしまっている)、こういう時にはみんなで対応できるのでその点は心強いかもしれない。

    大家や電力会社にひどい目にあっている人は一度Citizens Adviceに相談するといいと思う。

    Guarantor

    英国で家を借りるときに、学生だとGuarantorという連帯保証人を要求されることがある。これは、英国在住の持ち家のある人でなくてはならない。

    私がハウスシェアをした時には、4人全員の銀行口座を合わせて1年分の家賃を証明できたのでGuarantorなしで借りることができた。学生寮と病院寮はGuarantorを問われなかった。次に借りる家は、勤務先からの雇用証明書を提出することでGuarantorの提示を免れたのだが、内見した家のうち特に学生に人気だという家は、Guarantorがいなければ12ヶ月分一括で家賃を支払わなければ貸せない、と言われた。

    借りたい家でGuarantorを求められたら、Guarantorなしで契約できる家もあるので、そこは諦めて、Guarantorの必要のない家を探すのがいいかもしれない。

    Fire Alarm

    イギリスは火災報知器の設置に厳しい。日本もそうなのかもしれないが、日本では火災報知器が存在を主張することがなかったので知らない。大学の学生寮では、毎週金曜日の決まった時間に火災報知器のテストがあったし、夜中の3時くらいにトーストを焦がした学生のせいで火災報知器がなり全員が起こされ屋外へ退去させられる、ということもあった。

    今日は病院寮でも火災報知器がかなりの存在感を出していて、15時から21時半まで3階建ての建物に設置された各階9つの火災報知器が鳴り響いていた。メンテナンス会社に15時ごろから住民が変わるがわる連絡したのに全く当てにならなくて、大変だった。日本だと絶対にこんなことないのになあと日本が羨ましくなった。

    家探し

    イギリスの家は入居可能日からだいたい1ヶ月ー1週間前に広告が出ることが多い。RightmoveZooplaSpareroomあたりが家探しで有名なサイトで、地域によっては特定のサイトに広告が集中する。また、現地の大手不動産会社は自社のウェブサイトだけに広告を載せることもあるので、一応そういう会社がないかも調べておくといいと思う。

    サイトに掲載されているCouncil Taxの区分、Energy Performance Certificatesや立地の他に私は、床の種類(カーペットだと臭うことがある)、水回りやキッチンの古さ、あたりを気にした。

    メールで問い合わせると、返事がくる前に内見希望者のリストが埋まってしまうので、希望の物件はその場で電話する必要がある。不動産会社を直接訪れた時にそうアドバイスされたし、実際に電話すると内見の予約が取れることが多かった。

    引越し

    私はMan&Vanにお願いをした。調べたら個人経営も含めて色々な会社の見積もりが得られるので、そこで気に入ったところにするといいと思う。現住所に引っ越してくる時にお世話になった人は、雑だったし現金指定のところに少し怪しさを感じたが、タクシーより安いくらいの料金で引越しを手伝ってくれて気のいい地元のおじさんだった。

    持ち物が少なくて段ボールだけというような人はタクシーでも引っ越せると思う。

  • お金の話

    そろそろ働き出して2年目に入るので、だいたいの出費や同い年くらいの英国人の関心ごとがわかってきた。もう少し早く知っておいてもよかったなと思うので、目安だが英国で働きたい人は参考にしてほしい。

    1 イギリスにいるための費用 £447/y

    • Tier 2 Health and Care Worker VISA ー申請については、3年までなら£247、3年より長い期間なら£479を支払う。それに加えて、Biometricという指紋や顔写真を提出するための外部委託組織に追加で£200くらい払わなければならない。通常のSkilled Worker VISAと違い、Health and Care Worker だとImmigration Health Surcharge (IHS)を支払わなくて良い。

    ※28/6/24 追記:Biometricは全てオンラインに移行したので、今年からビザ費用は£247のみとなった。

    2 臨床医の出費 £1390/y + 試験代

    • GMC 年会費:£420/year。病気などで働けなかった期間があり年収が一定を下回る場合には割引もある。
    • Medical Defence Union (MDU)年会費:£725/year。医師むけの保険で、オプショナルの扱いだが英国で働く医師は基本的に全員これに類するindemnity coverにお金を払っている。医師のレベルが上がるともっと高くなるのかもしれない。
    • British Medical Association (BMA):£240/year。オプショナルだが、トラブルがあった時に助けてくれるので最初はメンバーになっておくと良いと友人にアドバイスされた。
    • 試験代(MSRAは無料だが、MRCP1と2はそれぞれ£460、PACES £657)、Portfolio £172/year などが追加でかかる。病院勤務の人はALSを4年ごとに受講せねばならず、それも£600-700/回くらいかかる。試験や仕事に必要なコースについては、一定額までは病院が負担してくれる(当院の場合は£670/yearだった気がする)が、それ以上は実費となる。

    3 生活するための出費

    • 家賃とutility:地域やどんな家に住むかによってかなり変動する。一例だが、私がオックスフォードで友人とハウスシェアしていた時には、キッチン・トイレ・お風呂は共用の家でインターネットや水道・電気・ガス代込みで£650-700/monthくらいだった。現在は、キッチンだけシェアするen-suiteの病院のアコモデーションに住んでいて、水道・電気・ガスに加えてCouncil Taxも込みで £720/month払っている。
    • Council Tax:住んでいるBandによって異なる。一人暮らしだと25%の割引がある。Bandは家の大きさや住所などに依っていて、Oxfordのものを参考にするが一人暮らしの家だとだいたい£1400ー£1800/yearくらいが相場だと思う。
    • 車:研修医は州内の色々な病院を転々とするのであったほうがいいとされている(オックスフォードとロンドンの場合はなくても何とかなると聞いたことがある)。私の車は10万マイルを超えた15年くらい前の車で、£2450だった。駐車場代は病院は無料(有料とする病院もある)で、アパートの駐車場は£10/monthかかる。それに加えて車の税金は、私の車(1.2L以下の小型車)だと£20/yearくらいだったと思う。保険料は若い・車保有の経験がないと高くなる傾向にあり、私は£720/yearだったと思う。ちなみに会社は同期とコンサルタントに勧められたAdmiralにした。イギリスのカスタマーサービスはひどいので、車の保険なんかは多少高くても大手のきちんとしたところがいいと思う。

    そのほかに当然、食費や日用品・娯楽費に携帯代など日本でも普通の費用がかかってくる。テレビを見る人はテレビのライセンス料もかかる(£120/yearくらいだったと思う)。物価がどんどん上昇しているがそれはこういう学生むけのページをみてもらうと参考になると思う。


    Tax Relief

    (2)の仕事にかかる費用はTax Reliefを受けることができる。4年まで遡って申請できるので、急がなくてもいいのだが、イギリスで働くなら知っておくといいと思う。

    私はFY2レベルの内科で£34000/yearの契約で、呼吸器内科勤務時は手取り(英語では”after tax” “take-home pay”という) £2000強/month、A&Eでは手取り£2500強(+バイトのシフトに入ると10時間で£500くらい)/month を受け取っていた。緩和ケア科に移動したらまた£2000/monthになるだろうと思っていたのだが、Tax Reliefを確か4月に申請して以降は5月からの給料も£2500強で推移しているので、Tax reliefが効いているのかなと思う。

    初めての就活をする時には、FY2もST1も変わらない、と友人に言われた。確かに仕事内容的にはほぼ同じなのだが、ST1だと£40000/yearくらいの給与がもらえるので(医師のレベルと給与については国で一律決まっているので、地域差や病院間の差はそんなにない)日本で初期研修を終えて英国にくるなら、ST1/CT1以上を狙った方が金銭面でいいかもしれない。

    NHSのpayslipは税金の区分や働いた時間が適当で間違っていることが多いので確認するように、というアドバイスは色々なところで耳にする。幸い私のは間違っていたことはなさそうに思うが、心配なら働き出してから英国の医学部出身の同僚やIMGでもしっかりしてそうな人に聞くと親切に教えてくれることが多い。


    その他お金の話

    住む場所にこだわりがなければ、イングランドの北の方や北アイルランドやスコットランドの田舎の方に就職すると生活費が低めでいいと思う。イギリスの南北問題は知っておくといいかもしれない。

    NHSで働いているとDiscountもある。私はBlue Light CardOde Cardのメンバーで、前者は休暇のコテージや色々な買い物で割引が使えるし、後者は大手スーパーやBoots(英国で一般的な薬局)などで2.5%-10%のキャッシュバックを得られる。Grape Treeという私がいつも乾燥大豆を買っているお店は、NHSの名札を見せると10%割引になるので、ここに名前の載っていないお店でも割引があるか聞いてみるといいことがある。

    最近はLifetime ISAをいうのを始めた。18歳から40歳までの人が作れる口座で、年に£4000まで入金できて、額に応じて年度末に政府が25%のボーナス(上限£1000)を追加してくれる。引き出せるのは、初めての家を買う時、60歳になった時、そして余命1年を切った時で、それまでに引き出すとペナルティがあるのだが、年間£4000積み立てると£1000もらえるし貯金するに越したことはないなと思って始めてみた。国外に引っ越すとどうなるのかなどは調べていないので、いつか日本に帰る可能性が高い人などは確認した方がいいと思う。

    住宅ローンなどの借り入れ時に高いCredit Scoreがあると低い利率になる。Electoral Registerなど外国人の私が今すぐにできないことは仕方がないが、クレジットカードの適切な使用歴があると有利に働くことがあるらしいので作ってみた。私の銀行はLloydsで(多分どこの銀行でもCredit Scoreを計算してくれる)、私のCredit Scoreは585で”OK”となっている。ちなみにUKの平均は619、私の地域の平均は625らしい。支払いの遅延のみならず、引っ越しなどでもスコアが下がるそうで、これからも将来的に住みたい地域を探して転々としそうな私には少し厳しい。

    ちなみに私は高い支払いをする時には、£1=100円で計算して、なんだ大したことないじゃないかとざわつく心を鎮めている…


    28/6/24 追記:

    銀行やクレジットカード選びはMoneySavingExpertを参考にすると良い。

  • Tier 5 Youth Mobility Scheme (YMS)からTier 2 Skiller Worker VISAへの切り替えに8ヶ月かかった話はこのブログで散々嘆いていたが、今後同じ目に遭う人がいるかもしれないので、ビザ発行に役立ったと思われることを書いておきたい。

    私は、Tier 5があと11ヶ月分ほど残っているところで、Tier 2へイギリス国内から切り替え申請をした。申請は顔写真の撮影やパスポートの提出も含めて全てオンラインで行った。(全てオンラインではなく窓口に行った方が早い?という噂も目にしたので、噂にすぎないが、可能なら窓口での提出を選ぶのがいいかもしれない。)プライオリティ料金 £400 も払った。

    病院には申請翌日にはホームオフィスから内々に労働許可が降りていたので、Tier 2を待ちながらも働くことはできて、結局8ヶ月もの間、労働ビザなしで労働していた。(Tier 5 YMSは私が渡英してからルール変更があったようで、私が渡英する際の条件には No Dr ーただしnon training jobなら可ーと書いてあるのだが、渡英後からは training/non-training jobに関わらず医師としても働けることになっていて、その辺のこともはっきりしなかった。)

    1 Home Officeに電話する

    私のビザが発行されなかった8ヶ月間、何度もHome Officeの職員と話すことを試みたのだが、無駄だった。自動音声に従って自分の状況を入力していくと、結局「ウクライナのクライシスにより難民が優先的にビザの発給を受けており、全体的にビザ発行が遅れている。今のあなたの状況では特に我々ができることはない。ビザがおりるまで待つように。」という自動音声で勝手に電話がきれてしまい繋がらない状況だった。

    自動音声に繋がらないような番号を選んでもみたのだが、当然のことながら、繋がった先の職員には「それは私の仕事ではないので適切な番号を入力してください」と全く対応してもらえなかった。

    電話料金がかかる電話番号もあるのだが、そちらにかけることも無益な労苦だった。

    2 UKVI NHSチームにメールする

    同じく移民の医師に聞くと、医師のビザ問題を扱っているとかいうホームオフィスの一部署の非公開のメールアドレス(!) を教えてもらえた。藁にもすがる思いでそこにメールしたが、We have requested an update from the caseworking team. Once they respond to us, we will update you. と言われて終わった。役に立ったとは思えないが、私のように藁にもすがりたい人は試してみてもいいかもしれない:UKVINHSTeam@homeoffice.gov.uk

    3 Complaints をかく

    このページから2回くらいcomplaintsを書いてみたが返事なしだった。

    4 Members of Parliament (MP) にお願いする

    家族の結婚式もお葬式も参加できなかったのだと地元のMPに泣きついてみた。私の場合はこれが功を奏したと思う。

    友人は、MP(特にToryの)は選挙権のない移民は助けても得票につながらず彼らの利益にならないので多分助けてくれない、と言っていたが、私の住んでいるところのMPはお願いすると秘書のKhanさんが大変親切に対応してくださった。最初は「ビザは時間がかかるから気長に待ちましょう」みたいなつれない返事だったが、その言葉の裏でちゃんとホームオフィスとコンタクトをとってくれていたようだ。お願いしてから22日後にビザが降りた。

    話が少し逸れるが、息子の自閉症の診断に時間がかかっており(NHSでの専門医による診察の待ち時間は1年以上だったりする)その関係で不登校の息子が障害者支援に特化した特別な学校に通えず困っている、という母親にもGPが「我々でできることはすでにやっているが残念ながら待ち時間等は我々のコントロールの範囲外なのでどうにもならない。MPに相談しては」とアドバイスしていて、MPはなんでも屋みたいな側面があるんだなと思った。

    5 Complaintsをかく

    ビザが降りた後に上記のウェブサイトから再度 complaintsを書いた。初めは無碍にされたのだが、めげずにもう一度complaintsをかくと、期限の20営業日を大幅にすぎた頃に謝罪のメールとPriority料金の400ポンドが返ってきた。一度ダメでも、絶対にホームオフィスがおかしいという確信があるなら、諦めないで何度かcomplaintsを書いてみるといいと思う。

    6 その他

    イギリスのビザ申請では、過去10年分の海外渡航歴を書く必要があるので、海外旅行が好きな人は全部記録しておくと楽かもしれない。

    それからビザ申請でも運転免許申請でも住居の申し込みでも、過去2-5年の間に住んだ家の住所を問われるので、昔住んだ家の住所も記録しておくと良いと思う。

    ちなみにビザは遡って発行されることはなく、Tier 2 なしで働いていた8ヶ月は Tier 2 にカウントされない。なので、永住権獲得まであと4年のはずなのに、5年働かなくてはならなくなった。

  • 緩和ケア

    5月からは緩和ケア科で働いている。初めの1ヶ月はホスピスのみだったが、その後は週に3回はコミュニティチームで特定の専門看護師のシャドウイング、週に2回はホスピスにいる。緩和ケアのローテーション中もMedical On-Callや夜勤(3-4日連続の夜勤で、その前後2日は休みなので、夜勤=ローテ中の科から1週間離れることになる)は定期的にあるので、思ったほど緩和ケアだけに関わっているわけではないのが少し残念で、ローテーションの終わりを指折り数えて楽しみにしていたA&Eの頃とは気持ちの持ちようが随分と違う。

    訪問診療では、初めは看護師に師事して一緒について回るだけだったが、最近では自分一人で患者さんを訪れることも許可されていて、とても楽しい。車で10-30分かけて、英国ののどかな田舎の風景を楽しみつつ患者さんに会いにいく。A&Eや呼吸器内科と違って、患者さんと話をすることも仕事の大事な一部なので、患者さんの症状に加えて生活ぶりや気掛かりなどをたくさん時間をかけて聞くことができる(師事する看護師が私に十分な時間を与えてくれているからで、専門医やGPとして訪問診療をするともう少し時間に制約がありそうだ)。

    「欧米は個人主義、その他(特に東アジア)は集団主義」みたいなステレオタイプ、あれは確か日本の研究者から強い反駁があったと思うが、それでも未だ幅を利かせていると思う。でも個人主義なのは欧米でも都会の高学歴の一定年齢以下のひとだけという印象を、働いていると感じる。読んだことはないが私の読みたい本リストにある、大学院生の時にクラスメイトが言及していたこの本 The Weirdest People in the World How the West Became Psychologically Peculiar and Particularlyはそれを支持しているらしく、働いているとそれを実感することが多い。つまりみんな家族や友人のネットワークに深く絡めとられていて、それがいい時もわるい時もある。


    ‘Dying is not as bad as you think’ – 英国で有名な緩和ケア医のビデオ。この先生の書いた、Listenという本と、With the End in Mindは良書らしいので積読している。

    進路のこと

    進路のことを迷っている。患者さんそれぞれを職業倫理の制約の中でよく知ることに興味があるので、その点では緩和ケア科は私の興味に最適の科のように思われる。一人の患者さんにいくらでも時間をかけることが許されている研修医の立場での訪問診療はもちろん、時間の余裕が少ないホスピス勤務時でも、患者さんの人生観や大事に思っていることを一足飛びに聞くことができるのが嬉しい。

    緩和ケアのネックは長いトレーニング期間だ。最短で7年(3年の内科基礎+4年の専攻医)かかるのだが、自分の能力など色々なことを勘案すると多分10年くらいかかるんじゃないかと思う。その間州内の色々な病院を転々としたり、毎年3ヶ月のMedical Registrar (ブログで私が「レジ」と表現している仕事)の仕事を4年間したりしなければならない。レジは病院内で「最悪の仕事」という人が結構いて、私なら心身の健康を害すること間違いなしだ。この前の夜勤中に私は、レジが最高責任を持つ患者さんの数を数えていたのだが、当院では Ward 4,5,6,7,8,9,10,17,18,Acute Medical Unitに加えてA&Eの入院・外来の患者さんの急変や方針決定に責任があるので、一つの病棟に25人と見積ると、270-300人くらいだ。それを1人で診るのは、下っ端研修医が3-4人ついているとはいえ大変な仕事だ。

    犬や猫と暮らしたい、早く安定したいと思っているので、その点では家庭医の方が私に向いているような気がする。GPなら3年のトレーニングだし、一旦就職したら同じ場所で働き続けられる。夜勤も週末勤務もないし、クリスマスなどのバンクホリデーは全て休みだ。緩和ケアは GPSI(GP with Special Interest – ジプシーと読む)で追求することもできるので、内科トレーニングを(バーンアウト含めた何かの理由で)ドロップアウトすることになっても世界の終わりではないし、内科トレーニングの知識はGPになっても存分に生きるので、たとえ内科専攻医をやめてGPに転身したとしても決して「無駄」にはならないのだが、色々迷ってしまうのは私の性格なので仕方がない。

    ちなみに同期にひとり、緩和ケア志望の人がいて、その彼は「最近のGPは忙しすぎて患者さんを知ることができない。主にアドミン業ばかりで、患者さんを知りたいと思うなら緩和ケア一択だと思う。ちなみに俺はGPの孤独な感じも嫌で、病院でチームで働きたいので、GPになるくらいなら4年間のレジくらい平気だ。でも再受験組でもう33なので、レジなしで専門医になる方法(CESR)も考えている。」とのことだった。

    それから、先の話なのでまだ真剣には検討していないが、Sexual Healthも興味があって、それも少し考えている。こちらに進むなら決断は3年の内科基礎のあとで、基本的には緩和ケアと方向性は同じだ。さすがロンドン近くの/イギリスの病院で、Sexual Healthの医師に話を聞くと、この科には再受験組で俳優業やコメディ業と医師を両立している人や性的マイノリティや元IVドラッグユーザーなど多彩な背景の人がいるらしい。結構歳をとった人で他のことをしている人でもレジをこなしている、みたいな話を聞いたので、医学だけで頑張ろうと思っている私にも頑張ればできるかもしれない。

    患者さんや家族のこと

    家族が外国に住んでいる人は思ったより随分と多い。よく聞くのはオーストラリア、カナダ、そして西ヨーロッパで、英国出身者が外国に住むことは日本出身者が外国に住むことより言語面で容易なのだろう。昔親の仕事で外国(アフリカ、アジア)に数年滞在していた、という話もよく聞く。

    外国出身で英語が微妙な人も時々いる。英語力が低いところに家族内のごたごたが加わったケースが最近あって、スタッフ誰もが疲弊していた。NHSでは無料で電話の通訳が頼めるので、通訳を介して最低限のことは確認したが、それでもかなり居心地のわるい最期となった。コンサルタントが家族の一人について罵っていて、へえこのコンサルタントでも毒づくんだなと思っていたら、「10年以上彼女と一緒に働いているけど、彼女が毒づいているのは初めて聞いた」と看護師の一人が教えてくれた。それくらい大変だったのだ。

    On-Callで、老人ホームから来た私の3倍近く生きている患者さんがいた。低ナトリウム血症で入院が必要だったので、問診でビールは飲むのかと(飲まないだろうなと思いながら)聞いてみたら、なんと「14の頃から毎日ギネス2-3 pints飲みます。アイルランド系の家系なので」とのことだった。彼の母親は9歳のころから同じ量のギネスを飲んでいたそうだが、彼が9歳になる頃には法律が変わって14歳からしか飲めなかったらしい。ギネス3 pintsも飲んだらそれだけでお腹いっぱいだから他に飲み物は紅茶1-2杯かな、と思い込んで特に追加で聞かなかったが、コンサルタントとのpost-takeの回診でコンサルタントが「ちなみにティーは?」と聞くと、なんと「15杯くらい」との驚きの回答だった。1日14時間起きているとして1時間に1杯以上の量だ。英国には酒豪ならぬ”紅茶豪”がいる。

    移民のこと

    「お医者さん」はおそらく世界共通にわかりやすく尊敬を集める・高学歴の仕事なので、移民第一世が自分の子どもを何が何でも医者にしたいと思っているみたいな話をちらほら聞く。当院のIMGs (International Medical Graudates)には、英国育ちで大学だけ別の国に行った人(東ヨーロッパやインドやパキスタン)がまあまあいるのだが、みんな移民2-3世で、英国白人ではそういう人を見かけないので、いるにはいるのだろうが、白人英国人は英国の医学部に入れなければ別の仕事や別のルート(社会人入学など)を検討するものの外国の医学部にまで行って医者にならなくていいみたいな感じなのかもしれない。(私の観測範囲内なので統計は知らない。)

    英国育ちでもバックグランドによってはイギリス英語(階級や方言に関係なく)で話すわけではなく、面白いなと思う。私はアクセントによって英国育ちの人なのか私と同じように大人になって移民してきた人なのかを判断しているところがあるが、それも当てにならない場面がありそうだ。少し違う話だが、GP traineeに聞いたが、最近ではこどもがYouTubeを見て育つので3歳くらいでまだ幼稚園に行く前の子どもは、親が両方とも英国人で英国英語を話すのに子どもはYoutubeのアニメの影響でアメリカ英語を話すということが結構あるらしい。

    私と仲良くしてくれている同期(ブログに少し彼女の話を書いてもいいかと聞いたら快諾してくれた)は、親はパキスタンの出身で彼女が第二世代の移民で、親は小学校しか出ていないし英語もほとんど話せないらしい。彼女の両親は、子どもにはいい生活をと彼女を無理やり医学部志望にしたようで、勉強したことのない親に勉強を強要されてそれがどういうことなのか親がわかっていなくて大変だった、卒業して自分の収入を得てやっと親から自由になれた気がする、と言っていた。親は敬虔なムスリムだがそこもリベラルな英国で育ったの彼女とはソリが合わず、彼女に期待される役割を果たすのはまっぴらなのでオーストラリアかニュージーランドに移住したいと言っていた。日本のジェンダー規範や保守思想の強い地域で育って、それが息苦しくて違う国に住みたいと思ってきた私は、育った環境は随分違うけれど彼女の言っていることが痛いほどよくわかった。

    訪問診療で田舎に行った時、車の窓を開けて運転していたら、パブの前を通りかかったところで大声で「ニイハオ!」と叫ばれた。見た目だけで使用言語もわからないのに中国語で挨拶してしまうところ、そもそもランダムな英国人には声をかけないくせに東アジア人とみるや通り過ぎるドライバーにさえ大声で挨拶してしまうところ、そういうところに差別意識を感じる(これはインターネットでは、差別だと思う派・気にしない派・差別だと思うことこそが差別だ派で定期的に炎上している話題だと思うが、私は差別だと思う派だーその場で正すか聞こえなかったフリをするかはどのくらい悪意を感じるか・危険を感じるかに依るが)。英国はオランダやイタリアと比べてだいぶマシだと感じていたので、英国にもまだこういう地域があるんだなと少し驚いた。

    訪問診療で訪れた人が、最近近所のホテルが難民や刑務所を最近でて監視が必要な人の住居になったのでそれ自体も嫌だし母国の友人が遊びに来る時にそこに泊まれないので困ると言っていた。「ジーザスが歩いている」「ちょっと治安が悪くなった」と言っていて、よくわからないので聞き流したのだが、師事している看護師によると「彼自身が移民で少し英語が不自由だから、それでそういう表現をしたのだと思う。推測だけど、多分中東とかの伝統衣装のことを言っているのではないか。」とのことで、やっとイメージがついた。

    最近英国は難民のクライシスで、難民審査中に収容する施設が足りないので色々な地域のホテルを難民に提供していて、そのうなぎ登りの費用や不十分な監視(ゆえに行方不明になる難民多数)がたびたびニュースになっている。各地のホテルを難民収容施設にするのは、もちろん場所が足りないというのもあるが、こうして各地域の住人の反難民(/移民)感情を高める政府の狙いもあるのだと友人に聞いた。

    この間、教科書的なマイクロアグレッションを目撃した。高齢女性がコンサルタントに、「あなた、どこから来たの」と聞いた。コンサルタントは「イングランドです」と言っているのに、「あなたの家族はどこから?」と聞き、それにも「イングランドです」と答えるコンサルタントに、「つまり…本当はどこから来たの?」と畳み掛けた。コンサルタントは渋々「アフガニスタンから…ずっと前に」と言い、「あら」と彼女の表情が少し曇ったところで、コンサルタントは話題をかえた。

    私は自分のアクセントや英語力から外国育ちなことは明らかだと思っているし、出身を聞かれることに特に抵抗はないので(ニイハオと決めつけて挨拶されるよりうんと良い)、聞かれたら日本だとすぐに答えるが、英国育ちではないことに加えて、それに続く相手の反応がポジティブなことも出身を答えることに抵抗がない理由の一つかもしれないと思った。きっとアフガニスタンとかスーダンだと、国名を答えた後に憐れみや謝罪や労いの言葉が続くのだろう。

    ちなみに大変な国だと、このアフガニスタンの医師の他には、コンサルタント以下のレベルだが、スーダン、シリア、スリランカ、イラク出身の医師にあったことがある。発展途上国や内戦や政治的混乱で大変な国の出身の人でも医学面でこの人大丈夫かなと思ったことはないのだが、このコンサルタントは少し不安になった。しばらく当院で働いているそうなのだが、あまり制度がわかってないみたいだったし、仕事リストも研修医の方針に全て同意してそれ以上仕事を増やさなかった(制度をわかってないと研修医の仕事を増やせない)し、検査も採血以外興味ないみたいだった。日本から英国に来ると、制度のほかにローテクになるという面で(全て電子化しているような病院ではおそらく日本よりハイテクだが、残念ながら私の現在の勤務先はそうではない)大変だったが、アフガニスタンだときっとアフガニスタンにはない検査や治療や方針が英国にはあって全てが大変なんだろう。

    緩和ケア科のIMGsは聞いたことがない。POC (People of Colour) はいるが、英国育ちだし、緩和ケアの人に聞いてもIMGsのコンサルタントは見たことがないという。私はそれを多分英語力の問題かなと思ったし、緩和ケアのコンサルタントはそれを多分ポストが少ないから(救急やAcute Medicineに比べて)と言ったのだが、もしかして緩和ケア科は多くのIMGsがやってくる発展途上国に存在しないのかもしれない。そして、給料が他のコンサルタントの仕事と比べて低いからIMGsの志望者が少ないのかなと思うことがあった。

    というのも、英国出身者に緩和ケア科に進みたいというと、大体「いいね」と肯定的に言われてそれ以上突っ込まれないか本人の緩和ケアの経験を語られるのだが、とあるスリランカ出身のレジは、開口一番「緩和ケアは稼げないからやめときな、腫瘍内科や消化器内科にすれば」と言ったことがあったからだ。腫瘍内科や消化器内科だとプライベートの仕事がたくさんあるので、それで収入がぐんと上がるらしい。

    私は収入面より英国の社会面が好きで移住したのだが、おそらく発展途上国出身の医師は収入面が一番の関心ごとの人が多いのだろう。次の病院がバースにあると言う時も、英国人は100%が「あー素敵なところだね!」というのに、IMGsだと「あの家賃高いところでしょ」みたいにいう人が時々いる。ロンドンを「あの家賃高いところ」と表現するならわかるが、私の現住所だってロンドンのベッドタウンでどちらかというとイングランド内では「あの家賃高いところ」に該当するので、「あの家賃高いところ」に住みながらBathの家賃を気にするのがよくわからない。

    緩和ケアの訪問診療でコミュニティに出るようになって知ったのだが、介護士はアフリカ出身者が圧倒的に多い、というか99%くらいがそうだ(中でも西アフリカが多いらしい)。住み込みの介護士は、出稼ぎで3週間働いて3週間休み(その間に母国の家族に会いに行ける)、というようなサイクルで働いているらしい。住所は英国在住の親戚の家なんかで登録しておけば英国滞在中も家賃がいらないらしい。住み込みの介護士は、旅行好きで英語力を向上させたい日本出身者にはぴったりの仕事だなとちょっぴり思った。住み込みでない介護士は、1日1-4回、患者さんの家を訪問して色々手伝う。

    とある癌終末期で寝たきりの患者さんは、「介護士が話してくれなくて寂しい」と言っていた。よくよく話を聞くと、一応話しかけてはくるようだが、訛りが強いので聞き取れないし、相手も患者さんの英語をよく聞き取れていないようで、会話が全然成り立たないらしい。仕方ないとはいえBed-boundで人との関わりが極端に少ない中で介護士とも話せないと寂しいだろうなと思った。この人の夫は「トイレの水を流しっぱなしで家を出て行った」「(玄関入ってすぐのリビングに妻のベッドがあるので)玄関ではなく裏口から入ってくれと言っているのに必ず玄関から入ってくる、言っても言っても直してくれない」「使い終わったタオル等をバーンとソファの上に放置して出ていく」「介護の仕方が雑だ」等々、患者さんとは別の理由で介護士に色々不満があるようだった。

    別の患者さんの家でこの不満を持たれていた介護士にあったが、確かに雑な印象だった。この「雑な印象」が文化的なものなのかこの人本人の素質によるものか不明だが、言葉が通じない環境で行動が雑だと患者さんの不満に火をくべること間違いなしなので、私も気をつけようと思った。

    また別の患者さんの夫は、一旦導入した訪問介護士を解約した理由が彼らが「カウボーイだった」からと言っていた。英語でCowboyとは胡散くさい仕事をする人を指すことがあるようで (“a dishonest or careless person in business, especially an unqualified one.”)、どうしても家にいたい妻と恐妻家かつ不安が強すぎて一人で介護しきれない夫の利害調整にスタッフ全員が非常に苦心したケースだった。

    それからまた別の患者さんの娘は、「あの雑な介護士に不満があったんです。父を丸太みたいに扱うから。ふつう、『こちらに身体を向けますよ』とか言ってくれるでしょう?そういうの全くなくて。指の跡みたいなアザもできてたから文句を言ったら介護士とマネージャーが一緒に来て、介護士本人の前でその話をしようとするからちょっとuncomfortableでどちらも帰してしまいました」と言っていた。

    どうしてもホスピスからの訪問看護に私がついて回っているという性質上(他にもDistrict Nurseの訪問看護やGPの訪問診療や緩和ケアコンサルタントの訪問診療もある)、介護士を褒める言葉よりは文句ばかりが聞こえてくるのかもしれないが、いまだに日本基準で色々みてしまうところがある私には文句が妥当に思われて、同じ仕事でも国による違いにびっくりする。

    英語

    カルテにsomnolentという単語を使うと、英国人の看護師にこれはどういう意味と聞かれた。医学書や本に出てくる表現で、何となくdrowsyより好きなのでよく使っていたのだが、カルテに使う単語としてもあまり一般的な単語ではないのかもしれない。移民一般に言えるのかもしれないが、日常のスラングはあまり知らないのにやたら難しい単語を知っていて、そこに言語学習の目的や軌跡が見える。

    Bookmakerをしていた、という患者さんがいた(先述のギネスの人だ)。聞き返した私に「自営業みたいな」と言っていたので、本の出版社かなと勝手に思っていたのだが、どうも賭け事で生計を立てる人を英語でBookmakerというらしい。

  • 就活まとめ2023+後期研修

    2023年の就活状況と後期研修についてまとめようと思う。まとめようといいつつまた雑多でまとまりのないことを書いているので、特定の情報が必要な人はぜひ検索ボックスから探してみてほしい。

    ロンドンの病院は救急科で、質問内容は前回の記事にかいた通りで、土日を挟んで火曜日にオファーをもらった。

    もう一件はロンドンから1時間半の地域にある病院の腫瘍内科で、医師2名と看護師1名の3名を相手に面接をした。質問は以下の通りである:

    1. Take me through your CV
    2. Why Oncology
    3. Tell me about your Masters
    4. Clinical case: A patient undergoing Doxycycline chemotherapy cycle 5/6 developed back pain – how do you approach this?
    5. A friend of your patient approached you asking about your patient’s condition. How do you respond to this?
    6. Any questions?

    手応えがあったように思うのでこちらも採用されたような気がしていたら、当日夕方に採用の返事がきた。

    「2年のNHS経験」や「MRCP Part1を取得していること」と明らかに私が条件を満たしていないものもいくつか含めて(CVを仕上げてからこれらに気がついたので投げやりな気持ちで応募した)、今年は結局15件に応募して、2件面接に呼ばれた。前年度よりだいぶ楽だった。今初めての仕事探しで苦戦している人は、それさえ乗り越えればあとはどうとでもなるので、もう一踏ん張り元気を出して頑張って欲しい。

    ところで、ロンドンの病院(A)のオファーをもらった時に、そのオファーを受ける締め切りの翌週に希望地・希望科(B)の面接があることについて大変悩んで、いつもお世話になっている元医師の先生2名に相談すると、「とりあえずAのオファーは受けて、B面接も受けて、Bで採用されることになったら、開始時期を1月に移動できないか交渉してみるのはどうか(うまくいくかは別として)」と助言を受けた。こういうのがうまくいくこともあるらしい。

    Aのオファーは受けたものの、まだ契約書にはサインしておらず、サイン前なら気が変わって病院を変更するのは法的に問題ないらしい。後述の同期のほか、採用前に別の病院から採用通知を受けてオファーを礼儀正しく断った人を他にもう一人知っている。まあまあよくあることのようだ。

    ロンドンの病院を蹴るのは残念だけれど、腫瘍内科の方が私の希望する進路に沿ったものだし、地理的にも今日面接したところは長く住みたい地域なので、今日のところに決めようと思う。

    教育のポジション(教育6割、臨床4割くらいのかんじの契約が多い)は2年の初期研修終了後の仕事としてかなり人気のようだ。というのも、教育のポジションだと臨床だけの場合と異なりかなり心身に余裕があるので、研究やQIP (Quality Improvement Project)をしたり教育に関するcertificate (PG cert Med Edu というらしい)を得たりしてCVが増強できるからのようだ。

    私の同期はReadingと現勤務先のTeachingの仕事に採用されて、悩んだ末、1週間前にオファーを受けたReadingを蹴って当院のTeachingの仕事を選んだ。Readingだと上位2-3名しかPG certの費用を負担してもらえず、彼の場合には自己負担でコースを受けなければならないが、当院ではより多くの人数(彼も含めて)の費用を病院が負担してくれるかららしい。

    病院によっては交渉次第でTeachingのポジションでの採用でなくても臨床の片手間に(自分の年休を削る・Study Leaveを全て使うなどして)PG certが取れるところもあるようなので、最短で後期研修を始めたいような人は採用前にちょっと病院と交渉してみるといいかもしれない。身近なところだと、当院A&Eのnon-training jobで働きながらPG certを取ったインド出身の研修医を知っている(ただ彼女はインド生まれ・オーストラリア育ちで医学部でインドに戻った人なので、英語面での問題が全くない。日本育ちで英国の病院で勤務する人の1年目と彼女の1年目とでは言語的な負担が大きく異なると思う)。

    緩和ケアのコンサルタントになるには、IMT (Internal Medical Training)3年の後にHigher Speciality Training 4年の計7年のトレーニングを積む必要がある。 *IMTはGroup1 Specialityでは3年、Group2 Specialityでは2年なので、詳細はこちらをみて欲しい。

    家庭医療科や放射線科や産婦人科といった科は、MSRA(Multi-Specialty Recruitment Assessment) という試験のみで研修先が決まるのだが、IMTの場合にはCVごとにポイントの高い順に面接に呼ばれて、CVと面接の総合点で採用が決まる。このCVのポイントを高くするのにTeachingのポジションは最適のようだ。

    ちなみにMRCPはPLABに毛が生えた試験で、Higher Speciality Trainingに進む前に取得しなければならない。MRCP 1 (選択肢問題)は早い人だとFY2 (2年目研修医)の段階で取得してしまうようだ。今私も準備を始めたところなのだが、医学部で勉強したような細かいことを聞いてくるので、MSRAとはだいぶ雰囲気が違う(緩和ケア科をローテートする前はGPになるつもりだったのでMSRAの準備をしていた)。

    MRCP 1に一度落ちたというレジは「本を読んで勉強しようと思ったらだめだよ、あれはキーワードから適切な選択肢を選ぶ反射を使う試験だからひたすら問題を解き続けるのが大事、ひたすらQ Bankをやればパスする。」といっていた。当院だけでなくおそらくイングランド・ウェールズの病院はどこもそうなのだが、病院の図書館で申請をすると3ヶ月無料でPass MedicineなどのQ Bankが使えるので、これから勤務開始する人はそれも早めに確認するといいかもしれない。

    面接に呼ばれたメール1
    面接に呼ばれたメール2
    オファーのメール1
    オファーのメール2
  • On-Call

    久しぶりに内科On-callと内科の連続夜勤をしたので、あったこと・思ったことを書きたい。

    スタッフ

    「採血できない」という看護師が時々いる。トレーニングなどの問題でやってはいけないことになっているそうで、大抵の場合ローカムとしてバイトで派遣されている看護師なのだが、英国は看護師のコンピテンシーに関して非常に厳しいなと思う。産婦人科医の指示で退院後に再来院した16歳の女の子を、産婦人科医の指示通り外科の病棟に案内すると、「われわれは小児を看るトレーニングを受けていないので小児は看られない、小児の対応をすると免許を剥奪される」と受付の看護師がいうのでA&Eに連れて帰ったということもある(結局産婦人科医がA&Eまで降りてきて診察してくれた)。コンピテンシーを積んだ看護師は、処方したり自分の専門科外来を持っていたりする一方で、コンピテンシーの低い看護師は採血もできない(してはいけない)ので、一口に看護師と言っても仕事内容は全然違うように感じる。まあ医師もそうなので当然と言えば当然かもしれない。

    性別に関わらずパートタイムで臨床をしている医師をよく見かける。最近話した人は臨床4割・アドミン業6割で仕事をしているレジで、アドミンの時間で病院の経営者会議に参加して提言するなどしているらしい。レセプトの話は英国にもあるようで(英国ではCodingというらしい)、例えば↓Kと書くと点数加算がないがHypokalaemiaと書くと加算がある、Dehydrationでは加算がないがAcute kidney injury on chronic kidney diseaseと書くと加算がある、など細かいことが全体の収入に影響するそうだ。

    こう言っては悪いが年配のIMGsの先生たちをみているとPLAB2が現在のようになった経緯がわかる気がした。イギリスも昔は患者さんの気持ちを蔑ろにする医師が多かったようだが、英語が母語であるためか、英国人の中高年の医師に対してはひどいなあと思うことは今のところない一方で、IMGsの中高年の医師に対しては、その言い方・説明はないのではと思うことが時々ある。心配性の患者さんに腰椎穿刺するかどうかの決断を丸投げするとか、患者さんと医師であまり話が噛み合っていないとか。英語力が低いことに起因すると思われる舌足らずな説明もままあるので、私も気をつけようと思った。

    患者さん

    Kingのcoronationについて、患者さんの意見を色々耳にするのが興味深い。ある人は「私はダイアナが好きだから」とキングチャールズにdisapprovingなことを言っていたし、またある人は、せん妄のため、われわれがcoronationのためにそこにいると思っていて、「楽しみですね」みたいに適当なことを言う私に「別に…」と答えていてそれも面白かった。随分と正直だ。

    救急科で一夜を明かした94歳の女性が「私が死んでないか人が確認に来るので全然眠れなかった。寝かしてくれないと本当にくたばってしまうよ。」と文句を言っていて確かになと笑ってしまった。この人は救急入院前に94年間で初めて転倒しただとか、洋服が多いけど最近少し足腰が弱って洋服箪笥の上の方の服に手が届かなくてお気に入りの服が着られないとか(救急外来でも淡い黄色のカーディガンに水色のワンピースを着ておしゃれな格好をしていた)、長く入院するなら来週誕生日のXに誕生日カードを送れるように人を遣わすから早めに教えてちょうだいとか、色々と生活のことを教えてくれて、楽しいpost-takeだった。

    コーヒーとタバコで生きているという80代の独居男性も話せてよかった。何年も家族がケアラーを導入しようと頑張っているが、何しろ人を家に入れるのが嫌なので、コーヒーとタバコと身体に悪い食べ物だけで生きているらしい。

    緩和ケア科

    久しぶりに患者さんに会ったら「Dr Peeって呼ばれた」(コンサルタントの名前はPから始まる)とコンサルタントが嘆いていた。確かにDr Peeはちょっと嫌かもしれない。

    死ぬことの受容の速さは人それぞれだけれど、若い人は特に死が受け入れられないのかなと思うことが何度かあった。特にこどもがいたり、将来の夢があったりすると死につつあるという現実の直視がとりわけ難しいのかもしれない。緩和ケアの看護師や医師が、そういう人がそれでも家族と大事な話をしたり一緒の時間が持てたりするよう強すぎず弱すぎない言い方でうまく誘導する様子はとても勉強になった。

    訪問診療で4人の患者さんのおうちを訪ねることができたのもとても心に残っている。これから私が緩和ケア科にいる間は私一人でこの患者さんたちのおうちを訪ねることもあるようで、とても楽しみにしている。

    とある患者さんが、新しいケアエージェンシーのケアラーが全然話してくれないので寂しいと嘆いていた。よくよく話を聞くと、話しかけてくれるけど聞き取れないから会話にならないのだそうだし、相手も患者さんの言うことをあまりわかっていないのだそう。英国でケアラーの仕事に就いている人はほとんどが移民のようで、ケアエージェンシーを変えてもケアラーのほとんどが移民なのでおそらく状況は変わらないと看護師が言っていて、気の毒に思った。

    英語

    A&Eの小児科で働いていた時に、私がIs this painful?などと言うと保護者が Does it sore?と表現を変えて子どもに聞いていることがよくあったので、いつの間にか私も子ども相手にはSoreを使うようにしていたのだが、どうも知的障害のある人にもPainよりSoreを使うほうが伝わるらしい。他にも、知的障害のある人にPainkillersと言うと、killersに気を取られてこわい思いをするので、Would you like something to stop hurting?などの表現を使うほうがいいそうで、こういうのも気にして診療するようにしたいなと思う。

    Public Health Funeral:お葬式の費用が払えない人に代わって市が執り行うお葬式のこと。年末に亡くなった方のお葬式が5月に催されたと聞いた。

    Load bearing certificate:太りすぎて1階(日本でいう2階)の部屋から出られなくなった人の部屋の床が少し歪んできているそうで、床がその人の体重を耐えうるのか確認が必要だという文脈で出てきた証明書。

    Banter:the playful and friendly exchange of teasing remarks — 緩和ケア科ではよく耳にする。とある患者さんの運転について看護師が、運転はだめだとはっきりいった上で、患者さんの冗談に「私は隣町に住んでます。あなたが運転する日は私は安全のために運転しないようにするから電話してくれなくちゃ…」と冗談で返していた。

    Bonkers:madやcrazyと同義。英国人はよくbonkers!と言っている。

    Indoctrinated to drink coffee: とある科の高齢の英国人コンサルタントの元で働く英国人研修医が言っていた。コーヒーは好きでないのだが、コンサルタントの” Would you like some coffee?”に結構ですというと、少し歩いたところで振り返って “Are you sure you don’t want coffee?” としっかり目をみつめながら強めに聞かれるのでNoといえずにコーヒーをもらうことが彼の日常になっているらしい。上司に礼儀正しくするためにしぶしぶコーヒーを受け取ってしまうところが日本人の気弱さ(ステレオタイプ的な意味で)と重なって見える。

    Homeopathic dose: フロセミド 40mg OD IVについて老年内科のコンサルタントがこう表現していた。フロセミド 40mg OD IV はホメオパチックドースではないと思うのだが、表現が面白かったので覚えている。

    Neutropenicky sepsis: neutrophilsが0.6 x 109/L だった患者さんについてレジがこう表現していて、もちろん正式な表現ではないが面白いので覚えている。

    Swiss-cheesy:複数の人的エラーが重なって起こった出来事についてレジがこう表現していて、もちろん正式な表現ではないが面白いので覚えている。ところでこのレジは、誰もが間違えるという文脈で説教されている時に” But the problem is… your hole is bigger than everyone else’s.”と言われたそうで、つい笑ってしまった。

    CIBH = change in bowel habit

    3cm x 4cm in cross and 10cm in length 腹部大動脈瘤の短径・長径をこう表現するのだと知った

  • 24/3/2024 一部内容を赤字で更新しました

    また就活の時期がやってきた。1年前より色々と就活や専門医コースに関する知識が増えたので追加で記載したい。

    ●就活の話●

    いい病院とわるい病院

    以前のポストにCQCやMesslyについては書いたが、他にもFacebookやRedditといった場所で研修医の病院に関するインフォーマルな評価を見ることができるようだ(例:Worst town you have been shafted to due to rotational training?)。

    あとはその地域についてよく知っている人に聞くのが良い。私のEducational Supervisor (イングランド・ウェールズでは、研修医には通常Educational SupervisorとClinical Supervisorがいて、前者は全ての研修を通じてアドバイスをしてくれる)は私が引っ越しを検討している地域の出身だったので、その地域の病院の内情をよく知っていて、おすすめ・そうでない病院を教えてくれた。

    私が現在勤務している病院は結構評判もいいしサポートも充実していると感じるが、私は運が良かったようで、病院によっては勤務時間が長くサポートも手薄で本当にひどいらしい。大まかなルールとして、都会の大病院は大抵の場合大丈夫で、地方の小さめの病院はちょっと注意が必要みたいだ。https://juniordoctors.co.uk/が見やすいサイトなので確認に使うと良い。

    英国在住だと有利

    以前の就活記事でも少し言及したが、就活は英国在住だと有利らしい。私は結局、Tier 5 YMS VisaをTier 2 Health and care worker Visaに切り替えるのに8ヶ月もかかったのだが、その期間もフォーマルなTier 2ビザがないまま働いていた(Home Officeから病院へは申請翌日にインフォーマルな労働許可の通達があったようだが)。既に何らかのビザで英国にいる場合にはこういうことが可能な一方で、国外に住んでいるとビザの発行にどれくらい時間がかかるか分からず、勤務初日に英国に来られない可能性があり、それを避けるために同じだけの条件を揃えた人であれば国内の人を優先的に採用するのだと思う。

    どうしても英国で働きたい人はチャンスを増やすためにTier 5 YMS Visa (いわゆるワーホリビザ)で渡英してしまって、ツテや公募を頼りに病院見学やHealthcare Assistantの仕事などをしつつ地道に応募を続けるというのもありかもしれない。ちなみにツテはコンサルタントなど立場が上の人でなくても、友人の研修医などでも場合によってはその人を通じて病院見学の許可がおりるようなので、どこの病院でもいいからClinical Attachmentの経験が欲しいという人は私でよければ相談に乗るので連絡してほしい。

    ちなみに日本のパスポート保持者なら90日まではビザなしで英国に滞在できるが、ビザなしの滞在の場合に「英国に住んでいる」と言えるか微妙なので、就活に有利になることを期待して渡英するなら何らかのビザがあったほうがいいと思う(その他私が思いつくのはTier 4の留学ビザと配偶者ビザ)。

    求人の時期

    8月勤務開始の仕事の場合、一般的には5-7月に求人案件が激増するが、早い病院では2-3月ごろから求人を開始するので、特に行きたい病院がある場合には目を光らせておく必要がある。私が気がついている限りでは、Reading(レディングと読む)の病院とBrightonの病院はいい研修病院かつ求人応募が早い。

    ReadingはOxfordとLondonの間に位置するところで可愛いし利便性が高い。BrightonはLondonから電車で1時間の港町でこちらも可愛いし若者が多くて賑やかな地域だ。どちらも住むところとしてとても魅力的なのでどこでもいいから仕事をしたい人はぜひこの地域の応募書類は頑張ってかいてみてほしい。

    Brightonの病院の求人が早いのはこの記事を書いた時点通りなのだが、最近評判がひどく落ちているので、いい研修病院かどうかはまめにhttps://juniordoctors.co.uk/をチェックして自分で確認してほしい。

    MRCP

    内科系に進む心算がある人はMRCP Part1だけでも取っておくと就活で有利だと思う。ST1-3の仕事はMRCPがあると大きな加点になる。

    ●内科コースの話●

    緩和ケア科に移籍してからまだ2週間なのだが、GPと緩和ケア科で将来の進路を迷い始めた。昔はGPから緩和ケア専門医になることができたようなのだが、現在は緩和ケアのコンサルタントになりたければ内科コースに進まなければならない。同期曰く、コンサルタントと初期研修医はたくさんいるがその中間層(Medical Registrar “Med Reg”)が少なくてOn-Callや夜勤を回す人手が足りないのを何とかするために国の方針で研修期間が長くなったのだそうだ。(英国ではコンサルタントは一応バックアップとして勤務表に名前があるが、夜間呼ばれることはほとんどない。)

    以前は緩和ケアの専門医志望者はAcute Medicineに従事する必要はなかったのだが、現在はAcute Medicineのローテーションが必須で、この同期はそれが嫌で、CESR routeでの緩和ケア科コンサルタント資格取得を目指しているらしい。CESRは外国人向けの制度だとばかり思っていたのだが、英国人でも利用者が結構いるらしく、自分でポートフォリオを用意してcompetencyを証明し続けることができれば、通常のルートよりは少し時間がかかるが一つの科だけでの診療に従事しつつ専門医が取れるらしい。この同期はこのルートを使って専門医コースに乗らないで外科のコンサルタントになった医師の話を教えてくれた。CESR routeのメリットは頻回の転勤がないことや興味が薄い・しんどい他科を経験しなくても専門医になれることのようだ。

    Educational Supervisorに相談したら、IMT (Acute Internal Medicine Training) からGPに進路変更する方がその逆より簡単だし、IMTの知識はGPになってからも存分に活きるので、迷っているならIMTに進んだほうがいいと言われた。なので、英国を目指し始めたころからずっとGPを目指してMSRA受験を考えていたが、ここにきて緩和ケア医を目指してMRCP受験に切り替えようと思っている。自分がMed Regになる日を想像すると恐ろしいが、それでも頑張ろうと思えるほど興味のある科に出会えてよかった。

    IMGのコンサルタントはA&Eではたくさん見かけるが緩和ケア科では見たことがない。IMGには言葉の壁でコンサルタントになるのが難しいのか尋ねると、言葉はずっと働いてればできるようになるし、A&EのコンサルタントにIMGが多いのは単にポストが多いということもあると思う、と複数の緩和ケアコンサルタントに言われた。

    あと3年くらい?で、医学生が大幅に増えて研修医になるようで、それより前に研修を積めばコンサルタントの仕事もたくさんあると思うみたいなことを同期が言っていたので、これから英国を目指す人は少しその辺の情報も調べておくといいと思う。

    ●インタビューの話●

    今のところ、まだ応募締め切りが過ぎていないものも含めて20件弱応募して、2件のrejectionをもらい1件のインタビューに呼んでもらった。初めての仕事に応募していたときよりインタビューまでの時間がだいぶ早い。やはり最初の仕事さえ見つけてしまえばあとはどうとでもなるようだ。ロンドンのZone1にある病院のA&Eの仕事で、2名の医師を相手に以下の質問に答えた:

    1. Take me through your CV.
    2. Why this hospital?
    3. Describe any conflicts you have experienced.
    4. Case – Asthma
    5. Any difference in working experience in Japan and in the UK?
    6. Long-term goal?

    ケースでは、年齢、性別、主訴、既往、バイタルサインが書かれたスライドが表示されて、どのようにアプローチするか述べよと言われたので、「既往とバイタルサインから鑑別診断の一番最初は喘息発作で、寝てたら起こして座らせる、文章で話せるか確認する、話せたらairwayはpatentなのでbreathingの確認に移動する、大きなwheezingが聞こえたら安心するがsilent chestだと心配する、ABGを確認したい」と言ったところで、「単語で話す、wheezingはほとんど聞こえない、ABGはこの通り」としてABGのスライドに移って、解釈を求められ、「Respiratory acidosis、pCO2が少し高いのが非常にalarmingなのですぐに上司とITUに連絡して挿管の用意をする、CXRもとってpneumothoraxなど他の原因がないか確認しておく、これらと並行してSalbutamol/Ipratropium nebs back to back 3x, Hydrocortisone 200mg IVもする, MgSO4要検討(ちなみにイングランドではMgSO4を普通に病棟で投与している)」と言ったところでケースが終わった。

    この病院は6ヶ月契約の求人が出ていたが、求人広告には「extentionの可能性が十分にあり」とかいてありそれについて尋ねると、4ヶ月の時点で契約を延長したいか尋ねられて、したいというと6ヶ月かそれ以上の単位で契約延長をしてくれるらしい(働きぶりが良い場合に限るが)。雇用延長の話は結構どこでも聞くので、何でもいいからとにかく仕事が欲しい場合には3ー6ヶ月のところも尻込みしないで応募してみるといいと思う。

  • Every man carries within himself a world made up of all that he has seen and loved; and it is to this world that he returns, incessantly, though he may pass through and seem to inhabit a world quite foreign to it.

    François-René de Chateaubriand

    これはおそらく私がこれまでの人生で一番気に入っている引用だと思う。医学生の頃に、レヴィーストロースの悲しき熱帯を読んでいて遭遇した。シャトーブリアンの本は読んだことがないにも関わらず、悲しき熱帯そのものよりこの引用の方が強烈に頭に焼き付いている。

    どこでもいいから外国に住みたい、外の世界がみたい、と思い続けて、やっと叶ったその先にあったのは、きらきらしたことばかりではない普通の日常だった。ときに日本が無性に懐かしくなるし、理想化もするし、ずっと地元にいて家族や友人と定期的に会えるような人を羨ましく感じることもある。そういうときに、この引用は大きな慰めになる。私が愛したもの、好きなもの、見てきた光景、そういうのは全部私の中に存在していて、どんなに異質な環境にいても、いつでもその居心地のよい世界に舞い戻れる。

    私はとても独特なアクセントで英語を話す。確かにRの音はいまだに日本的ではあるが、他がどこにも属さない変わった音なので、アクセントだけで私のバックグラウンドを言い当てるのは難しい。どこでこのアクセントを得たのかははっきりしない。シャドーイングの練習が下手だったのかもしれないし、中高で学んだアメリカ英語をイギリス英語に変換する過程でへんなアクセントを身につけたのかもしれないし、よく関わるひとたちに少しずつ色付けられたのかもしれない。「完璧なイギリス英語が話したい」と思ったこともあったが、仕事で支障がない(聞き返されない)レベルで発音ができる今、このアクセントには愛着がある。このアクセントは、母語だけの環境で育ちながら英語の習得を頑張ってきた努力がつまったものでもあるし、私がこれまで関わってきた人、特に大切に思ってきた人の影響を受けて形成されたに違いないから。これからも、好きなものはどんどん自分の一部にして、アクセントも自分の内側の世界も豊かにしていきたいと思う。

  • コーンウォール

    仕事のこととNHSの悪口ばかり書いているので、休暇の話がしたい。

    3月の2週間の休暇は本当は一時帰国予定だったのだが、案の定ビザが間に合わず急遽英国で過ごすことにした(ちなみにビザはコーンウォール滞在中に下りた。プライオリティで申請したにも関わらず8ヶ月もかかってしまい腹が立っている)。

    いくつか行き先の候補があったのだが、せっかく車があるのでうんと遠くへ行ってみたいと思って、コーンウォールを選んだ。イギリスの尻尾にあたる地域で、イギリス海峡や大西洋を臨むイギリスのリゾート地だ。

    1週間滞在したコテージがとても可愛いのでみて欲しい:

    ゲストブックに、2人の名前と誕生日・命日が書かれていたので、きっとここは老夫婦の家で、2人が亡くなった時に家族か誰かがコテージに改修したのだと思う。塗りむらのある壁のペンキや、左右で微妙に高さが違う流し台の取手などに手作り感が満載ですてきだった。食器やランプシェードや食卓マットなどが全て海がモチーフのもので、それも気に入った。

    大雨の日や台風のように風が強い日には家に引きこもって編み物をしたり本を読んだり絵を描いたりして過ごした。一応両隣には住人がいるようなのだが、とても静かで私以外の人間が世界から消えたのかと思うくらい自然の音しかせず、仕事で荒んだ心が洗われるようだった。

    晴れた日には、徒歩10分の海沿いの遊歩道を歩いたり、少し遠出して車で20-30分の距離にある遊歩道を歩いたり、砂浜を歩いたり、近くの町を見て回ったりした。海風をあびながらの散歩もさることながら、ひんやりとした柔らかい砂浜を素足で歩くのはとても気持ちが良くて、いろんなことに少し自信を無くしていたのだが毎日こんな生活をしていると本調子が戻ってきた。特に天気が良い日には車で1時間の距離にあるLizard Coastal Walk (そもそもこれが目当てでコーンウォールに来ることにした)にも行き、この日は確か10マイル近く歩いたと思う。コーンウォールは初めてきた場所なのにどこか懐かしいような気持ちがした。昔から海辺の街に惹かれることが多いけれど、コーンウォールも例にもれずお気に入りの場所になった。

    一時帰国できなかったのは残念だったけれど、とてもいい思い出になったし、イギリスがまた好きになった。まだまだこの国で頑張りたいと思う。