• ついにイングランドの医師の完全なる賃金回復(Full pay restoration)を求めるストライキが終結した。

    時々ブログに書いていたように、イングランドのジュニアドクター(コンサルタント・SASを除くすべての医師を指す用語なので、日本のそれとは意味合いが違う;ストを通じて市民がジュニアドクターを学生かのように勘違いしていることが判明したので、今後BMAは「ジュニアドクター」の代わりに「レジデントドクター」を使うことに今月決まった)は2022年の3月から2024年の6月くらいまで、毎月ストライキをしていた。1日から初めて、最長で4日か5日ほどのwalkoutがあったと思う。

    ストライキはBMA(British Medical Association;医師の労働組合)主導で行われた。BMAがまず組合員に投票でストの意向を問い、組合員の少なくとも50%が投票し、そのうち過半数がストに賛成の票を投じることでストが始まる。一回の投票は6ヶ月有効なようで、最初の投票以降は2回ほど追加でストの意向を問われた。

    一番最初の投票は、労働組合の運動が盛んな英国ですら歴史的とも言える圧倒的多数のYesが集まったことで話題になった。

    Turnout: 77.49%  

    Number of individuals who were entitled to vote in the ballot: 47,692 

    Number of votes cast in the ballot: 36,955 

    Yes votes: 36,218 – 98.06%

    No votes: 716 – 1.94% 

    Spoiled or otherwise invalid voting papers returned – 21

    ストライキ開始当初に与党だった保守党は賃上げに全く乗り気ではなく、ストライキ期間中の病院の経営難の補填に賃金回復にかかる以上のお金を費やした。ちなみに、NHSで働き始める前は、パンデミックで色々と問題を起こしたボリスジョンソンをみても特に個人的に何かを感じることはなかったのだが、ストライキが始まってからのほとんどの期間で首相をしていたリシスナクについては、声を聞くだけでも怒りや嫌悪の感情を抱くようになっていて、自分がイギリスの労働者になったことを実感した。

    それが労働党に変わると2週間ほどで議論がまとまり、BMAがオファーを組合員に提示して、我々組合員はアクセプトとリジェクトの2択で投票をした。私はリジェクトで投票したのだが、投票の次に理由を問うページでは、「Full pay restorationではないからリジェクトした」「Full pay restorationをするという約束がないこれっきりのオファーなのでリジェクトした」「アシスタント(Physician Associates)より安い賃金で働いている医師がいる限りその給与体系は許されない」などかなり具体的で、組合員がリジェクトの理由をこんなにはっきりと知っているのに何故このオファーを俎上に載せたのか?ととても不思議に思った。

    BMAが推奨していたレートカードを取り下げるというのもオファーアクセプトの条件の一つで、そこも気になっていた。BMAは病院が一般的に提示してくる時給の2倍近い時給を推奨していて、これを元に病院と交渉して一般レートの2倍で働く医師がいたのだが(Locum rate自体が普段働いている時給の2倍くらいなので、BMA提示のLocum rateは破格の時給だった)、今後はそれは難しくなるかもしれない。

    その後、ストライキを主導していたリーダーのひとりであるGPのRobが Medics Money Podcast で、なぜこのオファーをアクセプトすべきなのかを話しているのを聞いて、アクセプトにしたら良かったかもな〜と思っているところに、アクセプトの結果が出たので、これで良かったように思う。

    このオファーの前は、Pay restorationの金額も少なかったし、Back payの案もなかったし、賃上げをトレーニングプログラムに載っている医師に限る案だった。BMAの幹部はその辺の交渉を頑張ってくれたようだ。

    この図にあるように、イングランドのレジデントドクターの給与は、スト開始時点だと2008年と比べて31%も少なかった。この15年の間に、医療はより複雑になり、勉強することやできなければならないことが増え、パンデミック期間はパンデミックの最前線に立たされ、当時より31%多い給与をもらってもいいくらいなのに!

    オファーアクセプトの影響

    Full pay restorationには程遠いけれど、アクセプトによって色々と利点もある。

    Back Pay

    2023/24年の給与が4.05%上昇し、これが遡って2023年4月から適応となるので、かなりの額が振り込まれることになる(ただしここから税金が引かれる)。

    新しい給与体系とwork-life balance

    これで次の給与はこんな感じになる:

    Nodal Point 1: FY1, 2: FY2, 3: CT1-2, 4: ST3-4?

    医師の役職名についてはMisc.にある語彙集を参照してほしいが、私(一般内科、トレーニング1年目)に関連のあるところでいうと、年俸£40,257 がストにより£49,909 に上昇する。

    現在のポストに就いた時の給与概算では、Basic Pay £43,923(なぜ国の指定するBasic Payより少し高いのかは知らない。物価の高い地域だからだろうか?)に夜勤・休日・時間外手当がついて、年収£54,557(1045万円)となっていた。これを加味すると、オファーアクセプト後の実際の年収はBasic Payより£10,000から£15,000 ほど高くなり、年収は£60,000 – £65,000くらいになる。年収が£50,000を超えると超えた部分だけ税金が40%かかるので(そこまでは20%)、手取りは月£3700 – £4000(70万円から76万円)くらいだろうか。日本とイギリスでは物価が違うので日本円換算だけで判断はできないが、これくらいの手取りがあるとイングランド(ロンドンを除く;ちなみにロンドンではロンドン手当がある)でも生活に結構ゆとりがある。

    日本の卒後3-4年目くらいの医師の手取りもこれくらいだろうか?日本の医療を離れてしばらく経つし、記憶がNHSで塗り替えられているのでもう曖昧にしか覚えていないことも多いが、福利厚生はイングランドの方が格段に良いのは間違いないので、イングランドでは日本より少ない労働時間で同じくらいかそれ以上の給与がもらえる感じだと思う。

    土日祝日を除いて年休27日(NHS勤務5年後以降は35日)、育休(私が知る限りNHSイングランドでは男性医師もよく取得する)や産休やcompassionate leave制度も充実している。夜勤は3-4連勤で、明けの日とその翌日は休みの決まりとなっているし、1回の夜勤が12時間勤務なので、3-4日も夜勤をすると1週間に42時間以内(NHS Englandではレジデントドクターを48時間/週まで働かせることができるが、当院では43時間の決まりになっている)という労働時間制限(興味のある人はDoctors and the European Working Time Directiveを参照)により前後1週間でそんなにシフトを入れられないことになっていて、その辺も合わせると夜勤のある月は勤務表がすかすかになる。IMTだと年に30日のStudy Leaveも得られる。Study Leaveは家から受講するオンライン講習に使ったりポートフォリオを整理するのに使ったりできるので、病院の喧騒から離れられて1日の疲労度が全然違う。Study Leaveの予算は病院ごとに決まっているようなのだが私の病院ではなんと無制限に申請できるようなので、Study Leaveを使い切るようにたくさんオンラインの勉強会に出ようと思っている。

    私は今週、この病院で勤務を始めて以来2回目の週5勤務の週を経験した。基本的に週3-4勤務の日が多いので、久しぶりの週5勤務は流石に疲れてしまったが、今日から10連休が始まったので大丈夫だ。バーンアウトしそうな予感は今のところない。

    Bank and Build strategy

    上記の賃金上昇分を貯金して、次のストに備えることができる。

    これまでのストでは、経済的不安のあるレジデントドクターがストをできるようにするための緊急ファンドを募金で賄っていた。レジデントドクターのストを支持するコンサルタントたちが、 ローカムレートで働いて、その収入分を全てファンドに寄付するという形でなんとか回っていたのだが、過去1年半以上の効果があるストをするためには、今後はより多くのレジデントドクターのスト参加が不可欠で、医師個人がBank and buildをしている間にBMAとしてもより安定した資金供給が得られるような体制を整える手筈らしい。

    2027/28までにFull pay restorationを達成するのがBMAが目指すところのようで2025年4月5日までに政府との交渉が決裂したら再度ストをするらしい。最終目的はあくまでFull pay restorationなのだ。

    Exception Reportの簡易化

    時間外労働分は給与を申請することができるのだが、時間外申請の際に働いた理由を細かく説明しなくてはならなかったり上司の承認が必要だったりするのがネックで、面倒くさくてまたは気を遣って申請できないトレイニーがいることが問題となっていた(多分勤務1年目のどれかの記事にも書いたが、「俺たちが若い頃は連続x時間勤務も普通だった」「最近の若手はだらしがない」という上司のもとで空気を読んで申請しない傾向が外科では特に強いようで、空気を読む文化が日本のそれと重なってみえる)。

    それが今回のオファーをアクセプトすることにより、

    • スーパーバイザーをプロセスから外す
    • 申請締め切りをなくす
    • 時間外労働正当化の要項をなくす
    • 2時間以内の時間外労働についてはscrutinyの閾値を下げる

    ことが決まったので、気軽に申請できるようになりそうだ。

    トレーニングポストの増加

    トレーニングポストを増やすことも今回のオファーの一部である。


    2016年のスト失敗で求心力を失っていたBMAだけれど、2022年からのストでは支持が戻ってきているし、今回のオファーを受けた後も”Bank and Build”ののちにFull pay restorationまでは政府との交渉及び必要があればストを再開すると言っているので、給与はこれからも上がり続けると期待している。

    参考:Offer from Government for resident doctors in England – Your questions answered

  • 寄稿:PLABについて AUさんを書いてくださった先生のイギリスでの仕事が決まったので、お願いして経過の記事を書いていただきました。私の散らかったブログ記事までまとめていただいて、とてもありがたいです。日本の専門医を活かしたシニアポジションでの就活ですので、専門性を活かした移住を考えてる方にはとても参考になると思います。


    【仕事を得るまでのスケジュール】

    2024年2月 PLAB2受験

    2024年3月 PLAB2合格通知、日本の大学院卒業

    2024年4月 EPIC verificationを申請、仕事探し開始

    2024年6月 GMC full registration、日本の専門医試験

    2024年7月〜8月 面接→8月に合格通知

    2024年9月 ビザ申請中(今ここ)

    【GMC registration】

    (管理人さんのページまとめ)

    ↑費用は、医学部卒業後5年以上経過した場合は2024年4月から£455に値上げされました・・・

    • ポイントはEPIC registrationを早めに終わらせることです!
    • パスポートの他に、学位記の英訳(翻訳会社に依頼した正式なもの)、初期研修施設から何科を何ヶ月回ったという記録、厚生労働省から「医師等医療関係資格者の英文証明書申請」を手に入れる必要があります。私は追加で、卒業試験の合格日の証明を卒業大学から取得するよう指示されました(これはあったりなかったりのようです)。
    • IELTS/OETの期限が切れている(2年以上3年未満)場合はPLAB2合格日より3ヶ月以内に登録を完成しないと再度OET/IELTSの受験の必要性があるので注意です。

    https://www.gmc-uk.org/registration-and-licensing/join-the-register/before-you-apply/evidence-of-your-knowledge-of-english/using-your-oet-certificate

    *以下は日本に住んでいて手続きをする場合です。

    (1) epic registration

    • まずはEPICで登録作業を行います。アカウント作成→notaryをオンラインで行う→支払い→final medical diplomaをアップロードする→卒業大学に連絡が行き認証作業→承認、という流れです。これに1-2ヶ月程度かかります。EPICの有効期限はないため、PLAB2の受験前もしくは遅くても受験が終わったら取り掛かることをお勧めします。
    • *notary:公証、本人確認作業。EPICはアメリカの認証機関ですが、GMC含め多くの国/機関が使用しているようです。Zoom/teamsのようなもので、オンラインで行われます。アメリカの時間で動いているようですが、予約が取れれば指示に従い申請すればよく、10分くらいで終わります。
    • 管理人さんのブログにもありましたが、final medical diplomaは学位記です。これを翻訳会社に英訳してもらい、翻訳とともにアップロードします。翻訳会社は栄古堂を利用しました。翻訳自体は問題ないのですがお高いです(9000円くらいでした、但し他の会社もこれくらいかかるようです・・・)。私はstandard planにしたところ”営業日で”2週間(つまり実際は3週間)かかりました。ただし+4000〜5000円払えば1週間以内に作ってくれるようです。思ったよりも早くEPICの認証が進み、翻訳を手に入れるのが律速段階になってしまったので、これを利用すればよかったと思います。

    https://www.legal-translation.jp

    • final medical diplomaが認証されると卒業大学への確認作業が行われます。これも律速段階になると考え、私は卒業大学の教務課に直接電話して逐一状況を確認しました。幸い(私が在籍した時と状況が異なるのか?)事務が迅速に処理してくれ、こちらは連休を挟みながらも3週間ほどで認証を終えました。
    • 費用ですが、最初のアカウント作成からnotaryを受けるまでが130USD、GMC用に認証作業を行うために追加で100USD (メールで卒業大学が認証してくれない場合は郵送代30USD、不要だった場合は返金される)で230 USDかかります。

    (2) GMC registrationに必要な書類に関して

    • full registrationの場合は初期研修で何科を何ヶ月回ったという書類の提出が必要です。登録を進めていくと雛形をダウンロードできますが、自由書式でも大丈夫でした。(管理人さんのブログをご参照下さい)
    • 厚生労働省からの返信は意外と早く2週間ほどで届きました。
    • 卒業試験に関しては聞かれる人、聞かれない人がいるようです。

    【仕事を得るまでの過程】

    (管理人さんのまとめページ)

    • 仕事探しはGMC registration前(早い人だとPLAB2合格前)から開始できます。
    • コネを使わない場合は、インターネットの募集ページからnon-training jobを申し込みます。EnglandとWalesは共通です。アクセントや初めての仕事のこともあり、私はScotlandやNorth Irelandは除外しました。いくつかサイトはありますが、nhsjobs.comがお勧めです(https://www.nhsjobs.com)。というのも応募フォーマットにはtracを使う施設が大多数なのですが、このサイトだとtracのフォーマットを使った求人に限定してくれます。tracは使い回しが可能なのに対して、施設独自のサイトの場合は使い回しができないのと合否状況の確認も一括でできないので面倒臭いです。書き方の詳細は管理人さんのページに詳しいです。
    • 私は眼科の仕事に限定して探したので、検索エンジンで”medical and dental”を選択し”ophthalmology”と打ち込み、このうちconsultantとlocumを除外した職種を検索しました。主にはtrust doctor (ST1-3程度), clinical fellow, specialty doctorになります(後述)。
    • 眼科のプログラムの概要は以下のページに詳しいです。但しCovid-19前に書かれた記事で現在は変わっている箇所多数です。
    • 私は30件ほど申し込み、5件から面接をいただき、1件(もう1件は補欠で追加)から採用をいただきました。
    • 当初は各種条件(CESRのサポートがあるかなど)を連絡先にメールしてから応募していましたが、期日よりも早く締切になることが多いため、3日に1回くらい確認して新規募集がないか確認し、条件を確認してある程度当てはまっていたらすぐに申し込んでいました。
    • essential requirementもあまり気にしませんでした。特にauditは日本にいるとやったことがない先生が大半と思うので、近い経験はある、とだけ書いていました。資格に関してもFRCOphthの合格(もしくはPart1は必須)が書かれている求人もありましたが、多くの場合or equivalentと記載してくれるため日本の専門医で代用(日本の専門医試験合格の前は既に必要なレポートは提出しておりすぐに専門医になれるだろうとと記載していました)していました。
    • **これは私の推測ですが、応募が集まったらまず事務(human resource)でスクリーニングをかけていると思います。というのも、多くの面接で面接官が私のCVを読んでいるようには思えなかったからです。事務が仕分けしているのであれば細かい内容はわからないので、恐らくポイント制になっているのだと思います。イギリスで働ける資格があるか/住んでいるか、NHSでの経験はあるかの比重は高いと思います(たまたま面接に呼ばれなかった理由を教えてくれた施設があり、直接的ではなかったですが労働ビザを取得していないことを指摘されました)。次に経歴で、Ph.D.があるか、眼科の経験/手技はできるか、論文や学会発表はしているか、などが見られると思います。私は幸い日本の大学病院にいたので、ここら辺は埋めることができそれが高ポイントになったのだと思います。auditの経験は大抵必要事項になっていることがあります。近年junior doctorの仕事はPA (physician associate)やnurseに取られているという指摘がありますが、まさにその影響を受けてjunior doctorの仕事が得づらいのだと思います。

    【私のスペック】

    • 眼科6年目で、ほぼずっと大学病院勤務でした。
    • 卒業大学とプログラムの関係で眼科6年目の年に眼科専門医取得。大学院も同時期に卒業しました。
    • 白内障手術は1人でできるくらいで、ハイボリューム施設の先生の同学年と比べると手術はできない方だと思います。

    【面接に関して】

    • 管理人さんのブログにありますが、自己紹介、take me through your CV、臨床に関した質問、人間関係に関する質問、他に聞きたいことないか、という流れです。
    • その他の部分では、今回の仕事がどのような仕事かの簡単な説明および質問があります。臨床メインか/研究メインか、手術はできるのか/できないのか、専門性が高いのか/一般眼科なのか、です。clinical fellowだと研究メインで、専門性高め(緑内障、medical retina, surgical retinaなどに分かれている)で、specialty doctorだとより幅広い印象です。当直はあったりなかったりです。あった方がお給料は高くなると思います。
    • 面接内容の詳細をご覧になりたい方は私のnoteに記しましたのでそちらをご参照下さい。

    https://note.com/japan_uk_ophth/n/n40ac8ea590fa

    【最後に】

    • 4月末から応募を開始しましたが1ヶ月半ほど面接に呼ばれなかったので、いつまで応募すればいいのだろうかと焦燥感とやるせなさがありました。しかし他国の医師のFacebookページや噂を聞くと100-200件は応募していたこと、たとえしばらく募集に呼ばれなくても日本での仕事はあったので生活の心配をしなくてよかったことは強みでした。
    • 外科系の場合は、何が(特に手技)できる/できない、というのが割とはっきりしているので内科系よりもアピールポイントがあると思います。
    • 管理人さんの影響もあり、私もnoteで日常を綴ってみようと思います。もしよかったらご覧ください。

    https://note.com/japan_uk_ophth/


    少し補足ですが、記事に書かれている通り、書類選考ではCVに基づいて下の写真のように点数をつけられます(E=essential, D=desirable)。Shortlistingするのは必ずしも医療者ではないと思うので、然るべき点数をもらえるようなわかりやすいCVを書くのが大事だと思います。

    日本在住で30件の応募で仕事が見つかったのは本当にすごいことだと思います。おめでとうございます👏北の眼科医の弟子さんとイギリスでスープカレー会をするのが楽しみです!

  • IMT1 1週間目の日記

    新しい病院での勤務が始まった。8月第二週目の水曜日が多くの医師にとっては新年度の初勤務日となっていて、私はその週の月曜日まで前勤務先で働いた後にバタバタと引っ越してきた。

    IT

    inductionでは相変わらずそんなに実用的なことは教えてもらえなかったし、翌木曜日の勤務は1日ITのトラブルシューティングに費やすことになった。Supranumeraryのシフトで通常より2人多く配置されていたので、幸い病棟業務に大きな支障はでなかったが、2年前の初めてのNHS勤務日(ITのせいで仕事にならず苦い思いをしたこと)を思い出して絶望的な気持ちになった。

    ITの問題がどれくらい大変かというと、現勤務先も(2年前の勤務先よりはマシだが)診療に使うアプリが複数あるタイプの典型的なNHS病院なので、バイタルサインの確認、書類閲覧、退院時レター作成、処方、患者リスト、検査オーダー、GP記録確認、救急外来記録、などあらゆることにいちいち個別のアプリとそれに付随するログイン・パスワードがある。前勤務先よりマシなのは、これらがパンダというまた別のアプリで接続されていて、一旦コンピュータにログインしてしまえば自動的にそれぞれを繋いでくれる点だ。

    パンダに言及すると絶望があまり伝わらないと思うので具体例を書くと、たとえば事前に送られてきたメールによると、一旦コンピュータにログインするアカウントを作ってしまうとPACSへのアクセスとログインはパンダ経由で自動で可能になるはずなのだが、実際はエラーが出て接続できなかった。ITに電話すると「それはITの問題ではないのでXXに電話しろ」と指示され、XXに電話すると「それはITの問題だ」と突き返される。なんとか人づてに担当者のメールアドレスを探しだしてメールをすると、自動返信で「メールでのPACS申請受付は終了したのでこのページのフォームから申請せよ」とリンクが送られてくるのだが、リンクはエラーで繋がらない仕様になっている。どうしようもなくてまたITに電話をすると、今度は別のスタッフが「ITオンラインサービスデスクのフォームに入力してアクセス申請しろ」というので、ITのページを覗くと申請ページがあって、やっとこれでPACSにアクセスできる…と思いきや、今度はPDFがメールで送られてきて、「これに名前と立場と仕事内容を細かく記載してLine Managerのサインをもらってから送ってこい。Line Managerのサインは必須だ。」と言うではないか!これは病棟勤務初日のことなので、もちろん私はLine Managerが誰なのか知らない。なんなら1週間経った今ですら、Clinical/Educational Supervisorが誰になるのかまだ連絡を受けていない。腹立たしいので、起こったことすべてが事前メールの内容に反すること、それが仕事に大きく影響していることへの抗議をPACSチームに送ると、なぜか申請書を提出していないのにアクセスできるようになっていた。

    また、別のアプリのログインに困っていた際には、担当者が休暇中だったというのもあった。8月第2週なんてITのスタッフが最も必要とされている時期なのに…。ともあれ1週間以内に全てのIT関連の問題を片付けることができてホッとしている。

    IMT1

    当院のプログラムにはIMT1が全部で20人ほどいるようだ。当院のロータはIMTがburnoutしないように色々考慮して作られているそうで、「我々のヘルスロタ(勤務表のアプリ)はあなたたちをオーストラリアに行かせないためにある!」とinductionでえらい先生が豪語していた通り、ふつうに生活していてもポートフォリオの要件を満たせるよう色々と配慮されてあるし、結構すかすかなので趣味や勉強に使える時間がありそうだ。

    ポートフォリオはチェックリストを埋めていくのが結構大変そうで気が滅入るけれど1年後に後悔しないように定期的に記録していきたい。ちなみに1年目の終わりの時点で可能なのはOutcome1,2,5のみで、1年目の時点では「トレーニングが不十分。研修期間延長。」の選択肢が選ばれることはないようなので、少しだけ心に余裕がある。

    夜勤

    勤務1日目はinduction、2日目は病棟、そして3-5日目は関連病院での夜勤だった。遠方の関連病院へバスか電車で1時間かけて移動しなければならないし、夜勤は1回が12時間勤務なので、仕事と移動を除くと自由になる時間が10時間しかなかった。NHS勤務1年目の時は病院から徒歩10分のところに住んでいて、夜勤後すぐにテイクアウェイのイングリッシュブレックファストやチップスのような身体に悪いものを食べて寝るのが好きだったのだが、自由時間が10時間しかないと、そして勤務先が遠いと、移動だけで疲れてしまって一刻も早く寝ることがプライオリティになったので不健康な食べ物は食べないで済み、勤務先が遠いことにもこんなメリットがあるんだなと思った。

    夜勤先の病院は、イギリスでDistrict General Hospital (DGH)と呼ばれるいわゆる二次病院なのだが、雰囲気は1.5次病院という感じで、日本の田舎の病院にいるような錯覚を覚えとても懐かしい気持ちがした。こじんまりした病院なので私でも院内でほとんど道に迷わなかったし、病棟から呼ばれるのも一晩に5回ほど、本当の急変も1回だけだった。イギリスにもこんな病院があるんだなと知った。

    反移民の暴動に対するデモ

    Inductionと時を同じくして、イングランド全土で起こっていた反移民のプロテスト(という名の暴動)がブライトンで起こることになっていた。これはリバプール近くの町で子ども向けのダンスイベントに参加していた女の子3人が刺殺され、他にも複数の子どもが刺されて重傷を負った事件の容疑者に関するデマが発端となった暴動だ。事件直後に、「犯人は半年前にボートでやってきたムスリムの不法移民、警察の要注意監視リストに載っていた」とのデマがSNSで流れ、それを信じた人たちがモスクを襲撃したり、近隣の店に押し入って強盗を働いたりした。それがイングランド全土に飛び火して、複数都市でさらなるプロテスト(を口実とした暴動)が予定されていた。名目上は不法移民反対の立場だが、実際は移民らしい見た目の人が存在するのが許せないのがプロテスト参加者なので、急遽シフトに入ることになった出勤中のフィリピン人看護師(もちろん合法移民である)が石を投げられて負傷する事件もあった。

    このような情勢の中、病院からは、inductionが終わったら寄り道しないで一刻も早く帰宅せよ・ブライトン駅以外の駅を使用せよとのメールが来たし、ブライトン駅から海へ続く通りではレストランやパブが早めに店じまいして店の窓ガラスを厳重に囲っていた。

    ブライトンと雰囲気の似ているブリストルでもその数日前に激しい暴動があったばかりだったので、とても心配していたのだが、ブライトンでは反移民のプロテストを大幅に上回る数のカウンターデモ参加者がおり、何事もなく終わった。カウンターデモの様子をみて、いい街に引っ越してきたなあと涙が出るほど嬉しかった。

    ブライトンはLGBTQ+のアクティビズムで有名な都市なので、そもそもファシストや極右思想を持つ人がほとんどいないようだ。「ブライトンはそういう人たちを何十年もかけて追い出した」と表現している人がいた。LGBTQ+のアクティビズムに起因する他者への寛容さという土台がある上に、経済的にもうまくいっている裕福な地域で、市民の教育レベルもUKトップ10に入るのだそうで、その辺の事情もあってこれだけの人がカウンターデモに集まったのだろう。

    イギリスの移民事情については下のスレッドにまとめられているので興味のある人は読んでみると良いが、イギリスでは全体的には移民にポジティブな人が多いようだ。

    ブライトンは人がみんな気さくで、私が外国人であることなど誰も微塵も気にしていないようで、居心地が良い。引っ越してきて本当によかったと思う。徒歩圏内に海があるのも幸せに寄与していると思う。

  • ネパール出身の同期の身の上話がかなり衝撃的だったので、思わずブログに書かせてもらう許可をとった。

    彼女は現在GPになるためのトレーニングコースにいる。GP traineeは3年のトレーニングの一部を病院で過ごさなくてはならないため、それで1年間、私の勤める科で週に2回だけ一緒に働いていた。

    次のポジションと引っ越しの話をしていて、私が節約のために渋々シェアハウスに戻ることを告げると、彼女は「私は渡英以来ずっと家族と一緒に住んでるから幸い他人とシェアしたことはない」と言った。夫とこどもがいることは知っていたが、父と母も一緒に住んでいることは知らなかったので驚いていると、家族の歴史を教えてくれた。

    彼女の父はグルカ兵(Gurkha)だったらしい。ネパール出身の兵士たちをグルカと呼び、イギリスとは200年ほどの歴史があるらしい。日本語のウィキペディアには、特定の山岳民族からリクルートされると記載があるが、現在はネパール全土で見込みのある若者がリクルートされているそうだ。

    ウィキペディアの記事は英語の方が詳細かつ面白いのでぜひ全て読んでほしいのだが、元々ネパールはゴルカ王国という地域から広がってできた国なのだそうで、グルカはゴルカから来ているそう。グルカ兵は国境線をめぐる東インド会社とゴルカ王国との戦いに起用されて以来、勇敢で強いことで知られるようになったらしい。宗教色やカースト意識が薄く食事の制限もないことも兵士として重宝される一因だったようだ。インドの独立戦争でもイギリス側として戦い、その後も数々の紛争地域へイギリス軍の一部として派遣された歴史がある。ちなみにイギリス育ちの人なら誰でもグルカ兵の存在を知っているそうだ。

    彼女の父はグルカ兵としてイギリスの軍隊に属していたので、ネパールに住んでいても不在のことが多かったようだ。兵士をやめてからも、父と母で外国へ出稼ぎに行っていることが多く(日本にも来たことがあるそうだが何をしていたかは知らないそう、技能実習生のようなひどい扱いを受けなかったことを願う…)、祖父母に育てられたのだと言っていた。

    ネパールでは教育が社会的移動を可能にすることを強く信奉する人が多く、彼女の両親もその例外ではなかったため、小さな頃から都会の寮に入れられて、勉強漬けで育ったらしい。こういう寮のことをネパールでは「ホステル」と呼ぶらしい。全寮制寄宿学校みたいな感じだろうか。それで両親との愛着が薄いように感じているので、こどもを持った今、息子は絶対に寄宿学校には入れないと彼女は意気込んでいた。

    ネパールではとにかく仕事がないので、絶対に子どもを海外へ、と思っている親がたくさんおりそれが教育熱に寄与しているのだそう。日本だとまだ仕事で外国へ行くような人はマイノリティで、一部地域を除くと私の世代かその一つ上くらいが第一世代の移民であることが多いと思う、というと、日本は裕福な国だから外国に行く必要がないんだと思うと彼女は言っていた。そうかもしれない。

    グルカ兵はイギリスのIndefinite Leave to Remain(いわゆる永住権)を申請する権利があるそうで、それで両親は彼女がイギリスに仕事を得たタイミングで一緒にイギリスに来たのだそう。お父さんは今は市のごみ収集の仕事を、お母さんは介護士をしていて、夫、こども、そして夫のお母さんと6人で一緒に暮らしているらしい。ちなみに彼女の夫の父もグルカ兵だったそうで、ネパール系の人だ。ネパールでは核家族は稀で、複数世代が同居するのが一般的なので、今も両親や義理母と暮らしていて別にストレスは感じていないそう。

    グルカ兵の話をする時に「我々みたいな顔」と言っていた。彼女は東アジア系の雰囲気があるネパール人で、いつも存在に癒されていたのだが、彼女も私を同じ系統の顔だと思っていたことが判明して少し嬉しい。

    色々な人生があるなあと彼女や彼女の両親の身の上話に驚かされっぱなしだった。日本にももちろん色々な人生があるのだが、イギリスだと日本では聞いたことのない経験をしてきたようなひとがたくさんいて、世界は広いなあと思う。

  • 24ヶ月目 総括と緩和ケアの話

    今の仕事を始めてから12ヶ月、NHSに勤務し始めてから24ヶ月が経つのだと思うととても感慨深い。

    1年間腫瘍内科で働けてとても良かったと思う。ロンドンのZone1にある病院の救急科からもオファーをもらっていたので、バースに越してきた当初は、友達もいないのにこんなに遠くに引っ越すなんて間違いだったと後悔することもよくあったのだが、今はこの病院のこの仕事を選んで本当に良かったと思う。(ロンドンの病院に勤めていたらそれはそれでその選択肢で良かったと思っていた可能性があるので、結局は自分の選択を自分の中でどのように解釈するかが大事なのだろう。)

    私の夢や目標が最大限叶うよう支援してくれるスーパーバイザーのおかげで、CVにかけるaudits/QIPができた。MRCP Part1も合格したし、希望地でのIMTのポジションも得たし、初めての一人暮らしも経験して、去年の今頃にやりたいと思っていたことは全部達成できたと思う。病院が変わっても付き合い続けたい友達ができたことも思わぬ収穫となった。

    スーパーバイザーとの最後のミーティングでは、「あなたは同期よりも経験のあるIMTになるのだから、その直感や知識は軽視してはいけない。あなたが他のIMTやレジストラにない視点を持っている可能性は十分にあるのだから、少しでも誰かのコンサルテーションに何か足りないと思ったら、思ったことは全部口にしなさい。それは不遜でもなんでもなくて、付け足された人もありがたく思うはずだ。」と言ってくれて嬉しかった。なんとIMT最初の仕事も腫瘍内科なので、将来同僚となるIMTより一足先に蓄えた(なんなら腫瘍内科勤務開始直後のST3レジよりも豊富な!)1年分の知識を思う存分ひけらかしていきたい。

    腫瘍内科の上司は誰もがとてもsupportiveで親切で、同僚もいい人たちばかりで、本当に楽しい1年になった。バースは病院全体の雰囲気がとても良く、無礼な人や意地の悪い人に会うことはそうそうなくて、前の病院で失った人間への信頼を取り戻したように感じる。ちなみに患者さんも親切で礼儀正しい人ばかりで、最近ここに移ってきたレジ2人は別々のタイミングで「ここには優しい患者さんしかいない…」とびっくりしていたし、MESS(若手医師の医局をこう呼ぶ)で知り合ったGPST1は「ここの患者さんはみんな退院時に『ありがとう』って言ってくれる…」と感激していた。

    この1年の安定した生活やキャリアにおける地道な前進、それから緩和ケア医になりたいという気持ちがさらに強くなるような刺激をたくさん受けて、まだ死にたくないなあと思うようになった。実存的な理由で生きることと死ぬことについて強い関心を持って生きてきた私には、イギリスの緩和ケア医はぴったりの仕事だと思う。もう日本の同期はのんびりした人でもとっくに専門医になっている頃なので、まあずいぶんと寄り道をしたなあという感じがするけれど、やっとこれだと思える科が見つかって良かった。

    ちなみにイギリスには6600万人の人口に600人の緩和ケア医がいる。日本では1億2500万人に300人の緩和ケア医なので、イギリスにおける緩和ケアの存在感は日本とは比べ物にならない。イギリスには家庭医も日本とは比較にならないほどいて、それもまた終末期医療や患者さんのQOLを大事にする医療に貢献していると思う。さすがは10年前にあらゆる指標で世界一を記録した医療制度を持っていた国なだけあって、これだけ医療崩壊が進んでいても、緩和ケアにはその片鱗がうかがえるのも、魅力の一つだと思う。

    I worry, I wish, I hope

    この1年、QIPやシャドーイングで大変お世話になった医師の一人が緩和ケア科のDr Presswoodだ。Presswood先生はオーストラリアで集中治療をされているご友人のポッドキャストでイギリスの終末期医療について説明されているので、興味のある人はぜひ聞いてみてほしい:

    この中にも出てくるのだが、先生が手軽に使えるとして緩和ケアをローテしてきた若手医師におすすめしているのが、I worry, I wish, I hopeの3つの言い回しなのだそう。

    I worry what would happen if you were to become more unwell など、切り出しづらい話しの前に I worryから始めると、確かに会話が円滑になる。患者さんが事実がそうでなければ良かったのに、という話をしている時にはI wishが、不確実なことについて患者さんが気を揉んでいるような場合にはI hopeが、会話の潤滑油として機能する。

    これは緩和ケアの文脈に関係なくかなり使える表現なので、覚えておくといいと思う。

    Dr Kathryn Mannix

    著名な緩和ケア医、Kathryn Mannix先生が書いた本が2冊あって、いずれも緩和ケアに関わりたい医療者のバイブルのようになっている。With the End in Mind と Listen、いずれもイギリスにおける緩和ケア医の仕事について理解が深まる本なので興味のある人は手に取ってみてほしい。

    三次病院の緩和ケア科

    最近三次病院の緩和ケア科を見学した。

    イギリスの三次病院にはその地域の難病の人が集まる病棟があって、私が見学したところはCystic Fibrosis (CF)の人向けの病棟があった。CFが悪化すると、最終的には肺移植か死か、の2択で肺移植が起こるかどうかわからない中で患者さんは最悪の場合に備えて色々準備をするようだ。

    私がシャドーイングをした緩和ケア医は、これまで会ったことがないタイプの緩和ケア医だった。Acute Medicineとかにいそうなタイプで、私の3倍くらいの速さで話し、5倍くらいの速さで頭が働いている。なので、初めて先生のコンサルテーションスタイルを見た時には本当にびっくりした。ご高齢の患者さん相手にものすごい早口だから、ちょっと聞き取れなくて患者さんが聞き返すことが何度かあったくらいだったし、横で聞いているだけでも少しoverwhelmingに感じるくらいだった。

    でもCFの若い人と話していた時には、先生のスタイルと患者さんのそれがぴったり合致したように感じられた。できるだけたくさんの情報を詰め込むスタイルに、患者さんは満足げだった。私はどう転んでも先生のようにはなれないけれど、斬新なコンサルテーションを見学できて参考になった。

    緩和ケアの関与=死期が迫っているという認識で、「緩和ケア」”Palliative Care”に恐怖を抱いている人は日本にもイギリスにも結構いる。なので医師の中にはあの手この手で”Palliative Care”という言葉を出さない人がいる。見学中にレジがコンサルタントに相談していた人もこのタイプで、急性期治療系の医師が「吐き気のコントロールのプロ」とぼかして緩和ケア対診の承諾を得たものだから、実際に緩和ケアレジが「緩和ケア医だ」と言って登場すると、狼狽した様子だったそう。このレジは元GPで、トレーニングに乗らないでレジのポジションで働いている(GPが病院勤務をするときは大抵の場合レジのポジションで働いている)。彼の名札には名前の下に Cancer Enhanced Supportive Care と書いてあって、科名で患者さんに誤解を与えた経験がきっとたくさんあってその肩書きにしているんだろうなと思った。(でも私が緩和ケアレジになる時には伝統的な Higher Speciality Trainee Palliative Medicine とか Palliative Care Registrar とかがいいなあ)

    そのレジが、「いい感じで症状のコントロールとか全体的なマネジメントの話をしてたのに、血液内科医が現れて積極的治療の話をしてから会話のダイナミックがガラッと変わってしまって、そこから緩和の話に戻れなかった」と嘆いていて、それに対してコンサルタントが、ボディランゲージを使うといい、と説明していた。「今の血液内科医の話で、こっち(両手で右側に小さい丸を描く)の話は解決しましたね。でもこっち(両手で左側に大きい丸を描く)の話はまだ残ってるから、また話しましょうか。」というふうに緩和ケア医との会話が重要であることを示唆したり、両手を天秤のように動かして何かをすることの利点と欠点を説明したりすることが、コミュニケーションの一助となるらしい。確かにそんな気がするので、今後積極的に使っていこうと思った。

    これから

    3年のIMTの間に、あと2つ試験に合格して、Palliative Medicine ST4に向けてCVも磨かなくてはならない。でもやりたいことがはっきりしているのはとても幸せなことで、仕事はまた忙しくなるけれど新生活がとても楽しみだ。

  • 最近仕事で新しくNHSにやってくるIMGの家探しの手伝いをしたり、自分の家を探していたりするので、知っておくといいことをここに書いておく。これからイギリスで家探しをする人は参考にしてほしい。

    予算

    お金の話の記事も参照してほしい。

    給与は税金込みで算出されるので、病院から契約書をもらったら “£○○○ after tax UK ” で検索するといい。家賃は大体1/3くらいに抑えられると良いと思う(50:30:20 ルールを参照)。

    病院の宿舎

    新IMGに一番おすすめなのは、病院の宿舎である。しばしば低価格で提供されていて、Council Tax(独居だと£90-110/monthくらい)もUtility Bill (Water, Electricity, Gas, Wifi) も含んでいるので、自らそれぞれと契約を結ぶ必要がないのもいいところだ。契約先の病院が斡旋しているので、やり取りしている病院のスタッフに聞いてみると良い。

    病院によってはかなりさびれた施設を提供しているが、イギリスではひどい大家に注意しなくてはならないので生活に慣れるまでは病院の宿舎が色々な面で安心だと思う。

    不動産屋さん (Estate agents, Letting agents)

    病院の宿舎以外で家を探すなら、以下のウェブサイトが一般的だ。

    Nestoria と Gumtree は上の4つには劣るように思うので私は上4つしか使ったことがない。地域によって人気のウェブサイトに違いがあるので、とりあえず上の4つには全て登録して、メールで通知が来るようにしておくと良い。

    いいところが見つかったらすぐに業者に電話するべきだ。メールは読まれるまでに数日かかるので、業者があなたのメールのViewing依頼を読む頃には、Viewingの予定が全て埋まってしまっていて断られるという場合が多い。

    Open rentは仲介業者を介さないので、いい物件がマーケットより安く掲載されていることがある。大家と直接交渉することになるので、具体的に自分の状況を書くとviewingを調整するという返事がくる確率が高くなる。

    これらはハウスシェア・フラットシェアの情報が載っているサイト。たまに大家の家に併設された小さな小屋や、家の一角を賃貸用に改造した独居向けのフラットの情報が載っているので、他人との共同生活を検討していない場合でも一応登録しておくと良い。

    家探しで気にかけること

    1. 家賃:家賃だけなのか、Council TaxやUtility Bill (Water, Electricity, Gas, Wifi) も含むのかを確認する。一般的に、フラットを一人で借りる場合には全て別だが、他人とのシェアハウス・シェアフラットなら、全て含んでいることが多い。他人との共同生活だとストレスがある分£300-500(9/11/24追記:ボロ家やトイレ・お風呂シェアでもよければ£700-900)くらい生活費が浮くことが多い。
    2. 場所:病院や駅からどのくらい離れているのか、近くにバスの路線はあるか、治安は大丈夫か
    3. 広さ:一人暮らしならStudio(ワンルーム)や One bedroom (居間とベッドルームがある)で十分だと思う。
    4. 何階か:
      • イギリスでは、日本の1階は Ground Floor、日本の2階は First Floorと呼ばれる。
      • イギリスの共同住宅は基本的にリフトがないので、上の方の階だと荷物の搬送が大変で引越し代が少し高くなることがある。日当たりがいいので階段の昇降に問題がないなら上階にするといいと思う。
      • Ground Floorは道路から家の中が見えるという問題のほか、防犯上の観点から夏場でも窓を開けて寝られないなどの問題があると思うが、気にならないならいいと思う。ちなみにイギリスではエアコンは一般的でないので、猛暑の夜は扇風機をつけて窓を開けて寝る感じになると思う。Ground Floorは小さな裏庭がついていることが多いのも利点だ。
      • 半地下 (Lower Ground Floor) は暗くて寒くて湿気がすごい、洪水で浸水する、という話が多いので、少し値段が安いことが多いが要検討だと思う。半地下も小さな裏庭がついていることがある。
      • 9/11/24 追記:現在は半地下に住んでいるのだが、大きな庭に面した部屋なので、日当たりや湿気は特に問題ない。道路側の部屋は壁が腐ってしまった(!)とかで、仲良くしていた精神科医のハウスメイトが引っ越してしまった。半地下でも部屋の場所によって結構違いがありそうだ。
    5. 一人暮らしの場合の設備:私が気にしたのは…
      • 窓:日当たりは大丈夫か。イギリスの冬は暗いので窓が小さい暗い部屋にいると気持ちも沈んでしまう。
      • オーブン:基本的についているが、安いフラットだとないことがある。
      • 洗濯機:ないなら徒歩距離にコインランドリーがあるかどうか。狭いスタジオなら乾燥機付きのものだとさらに良いかもしれない。
      • シャワー:温度調節が簡単なタイプかどうか;古いとお湯と水の蛇口で温度調節が必要
      • 浴槽:あると良いがない家ではビニールの簡易浴槽を使ってお風呂に浸かっていた。
      • 床:フローリングかカーペットか。カーペットだと上下階の生活音が静かだとか温かいというメリットがあるが、古い家だと汚かったり変なにおいがついていたりする。
      • かび:イギリスではかびの生えた部屋も普通にあるので、気をつけたい。結構湿っぽい部屋だと、健康のために除湿機を24時間稼働させるのがいいかもしれない。
    6. シェアハウスの場合の設備:私が気にしたのは…
      • 何人とシェアするのか:6人で1つのキッチンやトイレ・お風呂をシェアする場合はタイミングにかなり気を遣うと思う。
      • 冷蔵庫の大きさ:冷蔵庫が大きくても一人1段だとすぐにいっぱいになってしまう。4人暮らしなら大きい冷蔵庫が2つはあると良い。
      • 清掃業者の有無:1ー2週間に1回清掃業者の出入りがあるようなところがいいと思う。私が住んでいた病院の宿舎では、救急医と医学生が掃除をしなかったので私とインド人ナースがキッチンの掃除係・ごみ出し係になってしまっていた。
    7. 契約の長さ:最低3ヶ月からというところが多く、一般的には最低6ヶ月か1年の契約が求められると思う。その期間は引越しに違約金が生じるので注意。
    8. EPC:どのくらいエコロジカルなフラットなのかの目安だが、あまり参考にならないと聞く。double-glazing (二重窓)とか、比較的新しいフラットとかだと、少量のエネルギーで温かい部屋が楽しめるが、古い家だと部屋を暖かくするのに大量の電力が必要になる。Grade II listed の家なんかは要注意で、私がいま住んでいるところは隙間風がひどくて、風の強い日だと窓を閉めていてもカーテンが揺れるくらいなので、部屋を暖かくするのに大変なお金がかかる(なので冬は「着る毛布」を着て湯たんぽを抱いて生活していた)。
    9. Guarantorが必要かどうか:Guarantorとは連帯保証人のことで、イギリスに持ち家のある人でなければならない。Guarantorを必要とする物件の場合には、自分でGuarantorを用意するか(家賃の10%を手数料としてGuarantorになる会社を使う選択肢もある)、12ヶ月分の家賃を一括で支払う必要があるので、できれば避けたい。
    10. 大家が同居しているかどうか:live-in landlordだと、その人の家に仮住まいしていることになるので、関係性が対等でなく色々と気を遣うと聞いた(お皿の収納の位置とか、暖房の強さとか、シャワーやキッチンを使う時間帯とか、どれだけ理不尽な要求でも相手の家に住んでいる限り従う必要がある)。Spareroomだと、I’m looking for a lodger, not a housemate. とか書いている人はすでにそのパワーバランスを示唆してきているのでやめた方がいいかもしれない。あとSpareroomには、ハウスメイトを探しているというよりも恋人を探しているのかと思うようなメッセージ(「僕たちはここで一緒にご飯を食べます」「僕たちはここで一緒にコーヒーを飲みます」など、生活の一部を一緒に過ごすことを強調)で部屋の写真(あからさまに女性をターゲットにしている可愛い部屋)を投稿している人や、おかしな要求をする人(「安全上の理由から部屋のドアを閉めることはこの家では許されません」)がいるので、そういうのもやめた方がいいだろう。

    興味のある物件が見つかったら

    How to rent: the checklist for renting in Englandはすぐ読めるので一読しておいた方が良い。イギリスにはとんでもない大家がいて、制度に不慣れな外国人や学生と見るや搾取してくることがある。

    いつかの記事にも書いたが、何かおかしいことがあったらCitizens Adviceに相談すると良い。Citizens AdviceのStarting to rent from a private landlordも一読しておくと良いだろう。

  • イギリスでの専門医トレーニング期間

    時々質問されるので一覧表を作った。内科、マイナー科の一部を作ったところで疲れてしまったのでここでやめるが、この図で雰囲気は伝わると思う。

    CT=Core Training. 内科もかつてはIMTではなくCTだったのだが、カリキュラムが新しくなってIMTとなった。外科やマイナー科の一部では今も各科の基礎を築く期間をCTと呼んでいるようだ。

    ST=Speciality Training (ST4以降は Higher Speciality Trainingと呼ばれる)

    オレンジの科は最初のトレーニング開始前の選抜にMSRAという試験が必要な科で、入ってしまうとその後専門医になるまでずっと同じ科で働くことができる。科目によってMSRAの重要度は違っており、例えばGPではMSRAの点数が100%選抜に関与する一方で、産婦人科ではMSRAの点数は全体の1/3を占め2/3はインタビューの出来による。

    青は内科で、内科一般をローテーションするIMT1-3年の期間を経て、専門科研修に進める。専攻したい科目によって、IMTが2年(Group 2 Speciality)なのか3年(Group 1 Speciality)なのかが決まっているので、詳しくはこちらを参照してほしい。

    伝統的な名前(SHO、Specialist Registrar)がどのポジションに対応するのかを緑の枠で示した。

    枠の隙間は、試験や面接の存在を意味する。例えば内科だと、STに進む前に(つまりIMTの期間中に)MRCP1,2,PACESに合格した上で、STのための面接を受けなくてはならない。

    英国医学部卒の医師がnon-training job (/Clinical Fellow/ Trust-Grade Doctor/ Teaching Fellow/Locally Employed Doctor などの名称で募集がある)を選ぶのも、枠の隙間のタイミングだ。彼らがトレーニングを一時的に抜ける理由は以前書いたのでこちらの記事を参照してほしい。

    各科の倍率はここで見ることができる。どの科目も10年前と比べて軒並み倍率が上がっているのに、緩和ケア科は下がっている。元々緩和ケア科は、Higher Speciality Trainingに入ると内科レジ業をしなくても良かったのだが、2年前にカリキュラムが変わって以降はレジ業必須となったため、応募者が大幅に減ったようだ。ちなみに内科レジは院内で最悪の仕事と言われていて、IMT2年の科は専攻科のレジとしては働くが内科レジとしては働かないので、どうしても内科レジになりたくない人はGroup 2 Speciality (IMTが2年)の科に進むかその他GPやマイナー科に進んでいると思われる。

    ちなみに外科は以下のようなトレーニング制度らしい。

    General Surgery Curriculum; ISCP)

    専攻科を選ぶ時はトレーニングの長さや倍率(高ければ高いほどCVを磨く必要がある)も少し考慮するといいと思う。

  • 潮目が変わったPA事情

    PAの情勢に変化が出てきてさらなる明るい兆しが見えはじめた(PAやその他略称について知らない人は、右のコラムにある略称一覧を参照してほしい)。

    Anaesthetists UnitedによるGMC訴訟

    Anaesthetists United という有志の麻酔科団体がGMCを相手取る訴訟を起こすことを発表し、募金を開始した(Stop misleading patients – Physician Associates cannot replace doctors)。これは英国の医学史史上最も重要な歴史的訴訟になると言われている。

    General Medical Council(GMC)は、1983年の医療法に基づき、医師を規制し、資格がないにもかかわらず資格を有するかのように偽っている者から市民を保護する権限を与えられました。しかし、実際には、私たちは医師が密かに「アソシエイト」に置き換えられているのを憂いながら見ています。さらに悪いことに、GMCはこれを積極的に奨励しています。

    (Anaesthetists Unitedの上記ウェブサイトより)

    医師とPA/AAの境界が故意に曖昧にされていることは法律違反であり、また患者安全というGMC設立の趣旨に反するとして、Anaesthetists Unitedは以下の要求をしている:

    1. PA/AAに認められた「メンバーの特権」について、GMCからの明確かつ強制力のあるガイダンス、すなわちできることとできないこと(職務範囲)および監督のレベルに関する明確な規則を設けること。
    2. 現在の「良い医療実践」ガイダンスを、2つの異なる職業に対して2つの別個のガイダンスに置き換えること。
    3. 2つの異なるグループを誤解を招くように記述する「医療専門家 (medical professionals)」という曖昧な用語の使用を終了すること(現在GMCは、医師とPA/AAを呼ぶのに好んでmedical professionalsという用語を使っている)。

    このところのPA制度に対する医師の怒りは相当なものなので、当初目標としていた£15000は開始4時間ほどで達成してしまい、現在は£100,000を目指して募金活動を継続している。この訴訟がインフルエンサーにも取り上げられたため、医師以外にもPAの問題が認知されるようになってきた。

    Royal College of Physiciansのトップに退任を迫る署名の提出

    RCPとは英国内科医が所属しなければならない3つある学会の一つで、Royal College of Physicians of Londonの別称である。ヘンリー8世が創立したそうで、内科医学会の中で最も古い。その学会の80名以上のメンバー(20人以上の教授と3人の評議員を含む)が合同で、学会員の意見を無視したPAの拡大に懸念を表明し、トップに退任を迫る意見書を提出した。

    RCPトップであるSarah Clarke医師はPA拡大に大きく加担している。安くて(というのはレジやコンサルタントをPAで置換するつもりなら、という条件付き;政府はそのつもりでPAを拡大しているのだろう。何度も言うがPAはストレートでトレーニングを受けた5年目の医師より良い労働環境で高い給与をもらっている)経験の少ないPAで医師を置き換えるという政府のプロジェクトを可能にしたのは、彼女をはじめとするRCPトップ層に他ならない。学会員の意見を「声の大きい少数派」「いじめ」として大っぴらに退けることもあったようだ。この不信任意見書提出以前には、1000人以上もの学会員が持ちうる限りの権力を行使してPA拡大を止めるように投票したにもかかわらず、それも一切のアクションが起こされないまま政府のアジェンダに沿う行動がなされてきた経緯がある。

    それにうんざりする学会員が声をあげてくれたのは素晴らしい。Royal College of Physicians of Edinburghからは1ヶ月ほど遅い動きだが、それでもないよりは良い。

    問題は、不信任の意見書にもかかわらずClarke医師が現在も権力の座に居座っていることである。何か利益相反があるに違いないと言われていて、そのうち何かリーク文書が出てくるかもしれない。この件は方々からリーク文書や匿名・実名での内部告発が出ていて、話題に事欠かない。

    一般市民もPAの存在に気がつき始めた

    It’s a GP practice thing というとある地域のキャンペーンが大炎上し、一般の人にPAの存在が大きく知れ渡ることとなった。

    この画像を見てもらうとわかるのだが、ここではPA (Physician Associate)が Physicianとして紹介されている。Physicianは法的に守られた職業で、医師以外の人が使うことは法律で禁じられているのだが、このキャンペーンポスターを作った人々は知らなかったのだろうか。他にも医師ではない人をheart specialist, cancer specialistとして紹介していて、循環器内科医や腫瘍内科医、腫瘍外科医が激怒しているツイートをいくつもみた。

    GPは麻酔科と同じくPAで置換されつつある職業の筆頭なのだが(今年の夏にGPになる現在GPトレーニング3年目の医師のうち、4000人もの医師が就職難にあえぐと言われている)、このポスターには、GPという役割の軽視と非医師の役割の過大評価という昨今のイギリスの雰囲気がにじみ出ている。

    このポスターの大炎上に伴って、ニュースにはなっていない「医師に会ったと思ったのにPAだった」ことで不利益を被った患者さんやその家族の経験がポツポツと語られはじめていて、これまでの炎上よりも幅広い層に届いているように思われる。市民には(医師にも)内緒でPA拡大を推し進めてきた政府だが、市民の声が大きくなれば耳を傾けざるを得なくなるーかもしれない。

    総選挙

    7月の総選挙では保守党が大敗すると言われている。何度かブログで触れているがNHSは保守党が与党になるまでは世界一の組織だったのに、保守党が13年にわたって大幅に予算をカットしたせいで(その目的はアメリカの医療制度をイギリスに導入することだと言われているし保守党もそれを隠さない)、今は息も絶え絶えだ。

    (11 charts on the problems facing the NHS)

    労働党が与党になれば、NHSの置かれている状況も多少は改善すると思われるし、政府はもう少しPA拡大にかんして慎重な姿勢をとるのではないかと思われる。

    ちなみに医師の給与をめぐるストライキに関して、医師のFull pay restrationはしないと労働党党首のスターマーは言っているが、鉄道と同じでストを続けていれば最終的にはFull pay restorationが成功するような気がする。


    追記:23/6/24

    この記事を書いた翌日に、Sarah Clarke医師の辞任が決まった。当初は「辞任するが9月まで(次のPresidentが決まるまで)は仕事を続行する」という話があったのだが、大変なバックラッシュに遭い結局即日辞任の運びとなった。

    その翌日には、RCGP (Royal College of General Practice) がPAの雇用中止を発表した。Scope of practiceが決まるまで、とのことだが、これからScope of Practiceを作るのであればBMAのガイダンスを無視するわけにはいかず、そうなるとPAの存在意義が全くなくなるので(むしろGPの仕事が増える)、GP SurgeryでのPA雇用は実質不可能になったのではないかと思う。

    少しずつではあるがイギリスの医療界が正常さを取り戻しつつある。

  • 以前とあるナースに「『抗菌薬を止めるタイミングのプロトコル』がないからどうしたらいいかわからない」と言われたことがある。当時私は、「5日、7日、などキリのいいタイミングと患者さんの状況と培養結果などを総合して判断する」と答え、なぜそんな自明なことを聞くんだろうと疑問に思っていた。

    しばらくして同じひとに、今度は「他科の依頼で対診した時は何をみているのか。プロトコルがないからわからない。」と聞かれた。また質問に少し困惑しつつ、「まずは対診理由を確認して、患者さんの現在治療中のがんと治療内容と抗がん剤なら最後に抗がん剤治療を受けた日を確認して、それから主訴と現病歴とその他既往歴と入院時の診断をみて、既往が複雑そうなら一応外来カルテも参照して、それからバイタルサインと採血結果と画像検査結果と培養各種結果を確認して、入院後に処方されている抗菌薬や定期薬などを確認して、それから患者さんを診察して考える」と答えた。

    この質問に答えながら、もしかしたら私たちは同じ業務をしていても結果に至る過程が違うのかもしれないと思った。SHOレベルの医師が下す「臨床判断」には、最低でも5年の医学部と1年の初期研修の下積みがある。一方で、医学部を出ていないスタッフの「臨床判断」は、かなりプロトコルに依っているところがあるのだと思う。

    NHSの病院は院内ガイドラインが充実している。院内イントラネットに接続すると、日常で遭遇するあらゆる疾患を網羅しマネジメントが簡潔に記されたフローチャートやガイドラインが出てくる。こういうのを彼女はプロトコルと呼んでいるのだと思う。

    プロトコルの良い点は質の担保だろう。誰がやってもフローチャートの矢印に従ってさえいれば同じ結果に至る。最近、八雲の病院で高血圧女性に経口避妊薬を処方し続けて重大な副作用を合併したとして裁判になった例を読んだが、こういうのはイギリスではまず起こらない。イギリスのGPが経口避妊薬を処方する時にはまずチェックリストにある項目を全て確認され、その後も半年から1年に一回ごとにチェックリストの内容に変更がないか再確認をされる。これは口頭ではなくオンラインの質問表で確認されることもある。この一連の流れが「プロトコル」としてGeneral Practiceでは浸透しているので、経口避妊薬の処方は正直医師がやる必要はないようにも思える。

    これと同じことが、プライマリケア(GP)でもセカンダリーケア(病院)でも、あらゆるコモンな疾患に起きているのがイギリスの現状だ。

    おそらくこういうプロトコルやフローチャートにより、NHSでは「医師ができることはトレーニングを積んだ〇〇(任意の医療職)でもできる」という認識になっていて、これが医師と他職種の境界を曖昧にしていると思う。

    これを突き詰めた結果が、スコットランドでナースが腹腔鏡下胆嚢摘出術をしていたケースだろう(Non-surgeon removed gall bladders at hospital)。外科医が医師でなかった時代の再来である(イギリスでは手先が器用で刃物の扱いに慣れているということで昔は理髪師が手術をしていた。その伝統で今でも外科医はDrではなくMr/Missと呼ばれ、「苦労してDrをやめた」というのが外科医のジョークになっている)。

    この考えについて知り合いの医師に話すと、その医師はプロトコル化の弊害を直接経験したひとで、個人的な経験を話してくれた。先生のお父さんがお風呂で意識を失った時に、お母さんがパニックで電話をした先がプロトコル化されたヘルプライン(たぶん111)だったようで、「夫がお風呂場で倒れました!」という高齢の女性に、「唇は青いですか?」と聞きお風呂場まで確認させに行き、「痛み刺激に反応しますか?」(これは一般の人にはもちろんわからないので「どうやって痛み刺激を与えるんですか?」という質問もついてくる) と質問してまたお風呂場まで確認させに行き、これを何度か繰り返した末にやっと救急搬送となったようだ。999に電話していればすぐに搬送となる案件だが、一般のひとでは999に電話するのは敷居が高いのだろう。

    最近ニュースになった、虫垂炎からの敗血症で9歳の子どもが亡くなった事件もまた、プロトコル化の弊害とも言えるように思う。111のスタッフがチェックボックスに「間違えて記録」したのが、他のいかにもNHSらしい複数のミスと重なって起こったことで子どもは最終的に死んでしまったのだが、111のスタッフに医学的知識があれば、または999に電話していれば、チェックボックスの記載ミスなくすぐに救急車が必要だと判断された案件だと思う。

    ⚫︎

    医師の就職難はやはり変わらず、この頃はなんと夏から研修医をはじめる予定の英国大卒医学生ですら職がないことが結構話題になっている。医学生に職を与えられていないDenearyが、なんとPA学生には職を与えており、しかもカリキュラムが医師のそれと同等ということで大炎上していたのだが、1ヶ月経った今も状況は変わっていない。

    医師の就職難を引き起こしている原因として今一番問題視されているのはPAで、PA雇用拡大にかんする大規模なバックラッシュが起きている。PAと医師の政治的な闘争は日に日に激化しているがこの頃は状況に少し希望がみえはじめたようにも思う。

    トレーニング中の外科医の団体ASiTは非医師が手術をすることに反対する声明を出したし、UKの内科医が所属しなくてはならないRoyal CollegeのひとつRoyal Colleges of Physicians Edinburgh もまた、PAの拡大に強く反対する声明を出した。RCPEdinのはかなりパワフルで、PAが医師のトレーニングの機会を奪っていること、医療安全を蔑ろにしていること、などに加えて、Physican’s Associatesという名前をPhysician’s Assistants というかつての呼称に戻すことなども推奨している。PAが医療安全への危機であることに警鐘を鳴らした医師が、PA団体のトップから嫌がらせで警察とGMCに通報されたケース(最終的に無罪と判定されたものの一連のプロセスが非常にストレスフルだったそう。イギリスでは過失がないのに嫌がらせ目的で医師をGMCに通報することはよくある)では、昨日からこの医師がこのPAを訴訟するための募金集めを開始し、1日も経たないうちに目標金額を集めることができた。

    BMAはPAができること・できないことについてのガイドラインを作成し、またPAには常に監督する医師がいなくてはならないことや、若手医師はPAを指導しなくて良いこと、PAを雇うコンサルタントは医師賠償保険の保険金納付先にPAを雇っている旨を知らせなくてはならないこと、などを明記した追加のガイダンスも発表した。これを受けて病院単位ではPAのトレーニングや雇用を一律中止するところも出てきた。

    メディアにPAが取り上げられることも少しずつ増えてきている。この調子で状況が一転すれば良いのになあと思う。

    参考:イギリスでは医学部を出ていなくても誰もが「医師のように」働くことができる↓。手術はもちろん、乳幼児の挿管をするのにも医師である必要はないし、なんならとある病院では2040年にはICUを全て専門看護師だけで運用する話も出ているようだ。ACPやACCPは看護師出身なのでPAとは比べ物にならないほど知識や専門性がある存在で、診療に必要不可欠な存在ではあるのだが、それにしても入試から卒業までずっと大変な学部での勉強や卒後トレーニングや合格するのが大変な卒後も次々とやってくる試験をくぐり抜けてきた医師が就職難で困っている中で、(国の政策で)病院が医師ではなく彼らを優先して採用しているのがなんとも悲しい。

  • イギリスでは(ジュニアポジションの)医師の就職難が起こっている。

    原因としては、(1) 私のような外国人医師の急激な増加、(2) 医学部定員の大幅な増加、(3) それにも関わらず増えていないトレーニングポジション、(4) 運営コスト削減のための政府肝入りでの「医師と同じ」ポジションで働くCNS(Specialist Nurse)/ACP (Advanced Clinical Practitioner) やPA (Physician’s associates) の台頭、が主である。

    私が就活した2年前にも(1)(3)(4)の議論はあったと思うのだが、目を皿にして情報収集していた私にもさほど目につかなかった。状況が変わったのは本当にここ1年のことだと思う。

    “No ICU experience required”と仕事の募集要項にかいてあるにも関わらず、ICU experienceがないからと不採用になった医師(麻酔科トレーニングに乗れなかったので代わりにと仕事を探しているFY2の医師)など、この頃Redditには医師の就職難について嘆く若手医師のポストが溢れている。

    (3)については私の今年のIMT recruitmentのポストでも言及した。IMT同様に、GPコースも過去最高に倍率が高くなっており、GP不足にも関わらず、GPコースに応募した人のうち6000人以上がGPのトレーニングを開始できなかった(General Practice ST1 Competition Ratios)。

    (2)(3)(4)が(1)で増悪しているので、結果として、就職難への嘆きを見る機会が増え(Terrified of Looming Unemployment1000 applications for ONE trust grade post、What are F2s doing next yearRisk of unemployment for doctorsUnemployment f3Anyone else unemployment in their f3?unemploymentPossibility of being unemployed post F2the fear of impending joblessnessOvercoming the fear of becoming unemployment to pursue the locum life.reflections on my future as current F2)、

    またIMGへの風当たりが強くなっている(Overseas doctors applying for HST posts without NHS experiencePoorly trained IMGs and inadequacy of PLABWhen did the government start allowing IMGs to apply for specialty training against UK doctors at equal footing?IMG opinion on the current training bottle neckSome numbers: it isn’t PAs that are driving our current competition/recruitment crisis)。

    ただ、私自身IMGなのだが、ヘイトに満ちたコメントは別として、全体的に同調できるコメントが多いのが悲しいところだ。イギリスは英語圏で唯一の、本国出身の医師を他国の医学部卒の医師より優遇しない国である。英語が母語で私より英語ができる医師よりも、英語が非母語でもいくらかの業績のある私が高い面接点を得られるのがイギリスだ。

    「イギリスの医学部出身者を優先すべき」「イギリスでの勤務経験のない医師がトレーニングプログラムに応募する際にはポストに見合ったイギリスでの勤務経験を要求すべき(ST1なら2年、ST4なら5年、など)」「イギリスでの勤務歴のないIMGはマナーがなってないし病院のルールがわかってない」などは完全に同意できてしまう。語学力が不十分だと感じる医師も前の病院ではまあまあ見かけた。現在の制度が私にいくらか有利に働いていること自体には感謝の念があるが、イギリスの医学部出身の若手医師には同情するし、私が同じ立場ならひどく憤っているに違いないと思う。

    (4)のscope-creepについては、最近のもっぱらの火種はPAで、この頃は厚顔無恥な卒業したてのPAたち(TikTokやインスタグラムにたくさん投稿している)の他にも、コーンウォールで上部消化管内視鏡を指導医なしで施行しているPAが炎上していたところだが、医師の就活難によりACPにも飛び火している。ACPの中には処方資格のある人もいて、救急科などでは本当に若手医師と全く区別のない仕事内容で働いていることがあり、そういう存在が医師のnon-training jobやlocumの機会を奪っているとして批判を浴びている。イギリスの医師は今existential crisisに陥っている(What makes a doctor?, Air ambulance without a doctor on board?)。

    今後政府の方針ひとつですぐに情勢が変わる可能性はあるが、これが最近のトレンドなので、イギリスでジュニアのポジションから働き始めようと思っている人は一応知っておいた方がいいと思う(ただredditの医師たちの嘆きを見ていると悲しくなるのである程度までに抑えるのが精神衛生に良い)。

    仕事を確保するという観点からは、PLABルートではなくMRCPルートで、レジのポジションで仕事を始めることを検討するのが王道という時代が来るかもしれない(とはいえ現在はレジのポジションで働いているPAもたくさんおり、そのルートもかなり厳しくなってくる可能性はあり、本当に先行き不透明である)。