IMT2年目の2期目はIntensive Care Medicineをローテーションしている。日本だと ICU (=Intensive Care Unit) と呼ばれる病棟は、イギリスでは ITU(=Intensive Therapy Unit)と呼ばれることが多い。そろそろローテーションも終わりに近づいてきたので、経験したことをいくつか記録しておきたい。
治療中止
イギリスのITUで働いていると、生命維持装置の中断の現場によく出くわす。
例えば、重大な脳出血でITUに入院した場合、脳死判定の要件を満たし、かつ臓器移植提供の対象にならない場合には、家族に神経学的予後が悪いことを説明した上で、家族立ち合いのもとで人工呼吸器のチューブを外す。大きな基礎疾患がなく臓器移植のドナーになれる可能性がある場合には、抜管前にSpecialist Nurses-Organ Donation (SNOD) と呼ばれる看護師が患者さんをレビューし、ドナーに適切と判断された場合のみ家族に承諾を得た上で手術室で抜管・臓器摘出をする。ちなみにイギリスの臓器提供は、数年前に法律が変わって以降、オプトアウトの方針となっているため、GPなどで明確に臓器移植をしたくない旨を記録しておかない限りは、基本的に全員が臓器移植ドナーの対象者である。
脳死状態でなくとも、神経予後が悪い場合には、one-way extubationといって、そのままお看取りになる可能性も視野に抜管することがある。
透析中止も抜管ほどではないが何例か見かけた。ITUで見かける透析中止は、多発外傷や急性膵炎などで急性腎不全となり突然透析が必要となった人たちのケースが多い。多臓器不全で腎臓だけ救ってもどうにも状況が改善しない、という場合に、すべての治療の中止の一環として透析を中止する。
患者さんの既往や入院理由疾患によっては「Vasopressorのみ。挿管やNIVなし。CPRなし。透析なし。」というTEP (Treatment Escalation Plan) でITUにやってくる。ITUにいると、最初は昇圧剤のみでもどんどん自動的に治療がエスカレートしがちなので、それを防ぐためのTEPだ。
NHSの一般病棟で働いていると、For Best Supportive Care と治療方針が変わったらその回診直後から症状緩和に関係のない薬は一気に中止するのが普通だが、ICUだとそこまで大胆な方針転換は気が引けるようで、例えば血液がんや臓器がんの治療や治療の副作用の治療のために入院している人の場合、最大限の治療から数日かけてゆるやかに薬を中断してゆくコンサルタントが多い。
ドラッグ・アルコール
私の住む地域の土地柄、ITUの1/4くらいは常にドラッグ・アルコール関連疾患による入院が占めている(アルコール関連疾患は当地に限らずイギリス中どこのITUでも結構多いと思う)。感染性心内膜炎、上部消化管出血、意図的な・意図しない違法ドラッグのオーバードース、重傷膵炎、Intoxicationによる外傷(喧嘩、転落、交通事故など様々)のほか、定まった住所がなく生活が安定せず適切な薬の内服が難しいために悪化した既往症での入院もそんなに珍しくない。
オアシスのシガレット&アルコールという曲が私は好きで、You gotta make it happen!と自分を鼓舞するために日本にいた頃はよく聴いていたのだが、なんというか歌に出てくる状況の現実はとても悲惨だ。きっと私が病院で出会う人の何十倍、何百倍もの人がカジュアルなドラッグをやっていて特に問題なく生活していると思うのだが、カジュアルなドラッグからハードなドラッグまですべて地続きなので、ドラッグは手に出さないに越したことはないなと病院で働いているとしみじみと思う。
ACCP
Acute Critical Care Practitionerという職種がある。元々ITUで働くシニアナースがACCPになるための修士課程を卒業するとACCPになることができて、ACCPはほぼ医師のように働いている。処方もできるし、挿管やPICCライン挿入もできる。北の方にACCPのみで運営するITUができるらしいという記事を数年前に書いたが、小規模な・レベル2ケアくらいのところならACCPのみで仕事を回すのも十分に想像がつく。イギリスの医師は相変わらず実存の危機に陥っている…(これは現在進行形で起こっている5日間のストと関連づけていずれ記事を書こうと思う)。
Martha’s Rule
確か去年くらいにできた、Martha’s ruleという規則がある。治療内容や患者さんの容態に懸念があって、かつ主チームが懸念を取りあってくれないと感じた場合に、患者さんや家族が直接の医療チームをスキップして別のチームにセカンドオピニオン目的に状況を相談できる制度で、当院ではITUコンサルタントおよびスタッフであるCCOT (Critical Care Outreach Team) ナースがこれを運用しているらしい。
導入の背景には、マーサという少女が適切なエスカレーションを受けられずに亡くなった医療事故がある。かいつまんで話すと、マーサはイングランドの田舎で家族旅行をしていて、サイクリング中に転んでハンドルで胸部を強く打撲した。最初は近医で痛みどめ処方で帰宅となったが、マーサの様子がおかしいので夜間に両親はマーサを別の病院に連れていき、確かそこで外傷性膵炎の診断がついて、小児の膵炎ということで経過観察目的に専門センターであるロンドンのキングスカレッジ病院に搬送となった。数日後、腹痛の増悪や敗血症のサインがあり家族が再三にわたって医師や看護師に訴えたにもかかわらず対応されず、遅すぎるITUへのエスカレーションの末にマーサは亡くなってしまった。どうもこの病院のとある医師とITUは仲が悪く、この医師がITUに頭を下げたくないために患者さんをギリギリまで病棟に置いて粘るというのがよくあることだったようで、不幸にもマーサが亡くなる数日前に彼女を担当していたのがこの医師で、レジストラがマーサの病状について懸念を伝えたにもかかわらず無視した経過があるようだ。マーサの母はガーディアン上層部の仕事に就いているらしく、彼女の書いたガーディアンの記事が詳しいので、とても悲しい記事だが興味のある人は読んでみるといいと思う。
いざマーサのルールの運用が始まって蓋を開けると、治療内容や容態悪化の懸念についての相談は極めて稀で、担当チームへの苦情が主なのでPALSのような働きをしているそうだ。ベッドの居心地が悪いと言っているのにベッドを替えてもらえない!という苦情には新しいマットレスを手配して対応するなど、仕事内容は当初予想していたより多岐に渡るらしい。
こういう誰かの名前を冠した制度やmandatory training modulesはNHSにはいろいろあって、その一つ一つにこうして亡くなった患者さんがいる。
Staff leaving abroad
ここ数年、医師も看護師も海外へ移住するケースが相次いでいるらしい。私がきいた話では、コンサルタントは1名がカナダへ、もう1名がニュージーランドへ移住し、ナースは2名がカナダへ、1名がオーストラリアへ移住したらしい。とても親切で優しい私のお気に入りのシニアナースも、来年にはカナダへ移住することを決めているそうだし、別のシニアナースもボランティアとホリデーをかねてマダガスカルに1年ほど行くそうで、トレーニングを積んだスタッフの流出は止まらない。