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NHSの制度について日本と違うところ

  • 13ヶ月目 雑感 NHS勤務13ヶ月目(転職後1ヶ月目)が終わりに近づいている。 おっとりした同期はベジタリアンだった。イギリスで出会う気の合いそうな雰囲気の人はベジタリアン/ヴィーガンが多い気がする。何か惹き合うものがあるのかもしれない。ちなみに肌感覚ではあるがベジタリアンと名乗りながらときどき魚介類を食べている人はイギリスにはよくいて(私も人にはベジタリアンというが、勧められたら・一時帰国したら魚介類も食べるので厳密にはペスカタリアンだし、魚介類を食すことより乳製品や卵を食べることに罪悪感を感じる➖こういう人はイギリスにはまあまあいる)、魚介類と哺乳類(の肉や搾取)とで結構はっきりした線引きを感じる。この辺は、環境保護と動物愛護とどちらの観点からベジタリアンになったのか、当人の問題意識が感じられる面白いところだと思う。 私より数ヶ月早く働き始めたらしい同期(雇用されているポジションが同じなので便宜上そう呼ぶ)は大学院の交換留学で日本に数ヶ月滞在したことがあり日本語が話せる大学院生だった。そろそろ大学院が終わる・イタリアではなく英国に拠点を置きたいということで、CREST FORMにサインしてもらうために今の仕事を始めたらしい。彼は今病棟で働いていて、私は外来で、出会うのは週に1回の勉強会のときくらいなのだが、いつも日本語で「おつかれさま!」と言ってくれるので少しでも日本語のわかる存在がやや癒しになっている。 バースは前に住んでいたアイルスベリーよりもうんとポッシュだ。Poshという言葉については、オックスフォードでの経験も合わせて、色々と思うところがあるので、もう数ヶ月ここで働いたらひとつ記事を書きたいと思っている。 バースの病院のスタッフは医師だと9割近くが英国出身(アクセントから判断して)、看護師でも7-8割がそのような印象で、アイスルベリーの病院に勤務していた時よりもコミュニケーションの問題や文化摩擦と思われる事件が圧倒的に少ない。外国人同士でやり取りするよりも、英語が母語の人と英語が第二言語の人(私)とでやり取りする方が、つたない英語から生じるコミュニケーションエラーが起こりにくいとか、「標準」の文化がイングランドのそれだとして共通認識があるとか、そういうことが関係していると思う。 こういう環境に甘やかされて、久しぶりに外国出身と思われる看護師に失礼な物言いをされた時には少し心の中でムッとしてしまったのだが、バースは私にはポッシュすぎるように思うので、アイルスベリー(やロンドンなど大都市)の多国籍で混沌とした環境に戻りたい。 混沌に戻るとまたバースのようなある程度「標準」が決まっている世界(日本のような)が恋しく感じることもあるのかもしれないが、自分が外国人であることの疎外感というか、異質さというか、そういうものを感じたのは、イングランドでこの街が初めてのように感じる。ロンドン(やそのベッドタウンのアイルスベリー)やオックスフォードでは、外国人であることがむしろ標準のような雰囲気があり、「自分が外国人である」ことを殊更意識する機会がなかったような気がする。みんな外国人なので私はあくまでその中のひとりで別にめずらしい存在ではない、という感覚だった。日本のジェンダーギャップ指数が低いことを、これまでの人生の半分くらいの期間ずっとひしひしと感じていた私としては、移住したはじめの数年はイングランドが天国のように思われたのだが、バースのようなポッシュな街に引っ越してきて、私や同胞の女性たちには居住国を決めるにあたって常にレイシズムとセクシズムのどちらがマシかという選択がついて回るんだな、我々に桃源郷はないのだなと思った。ちなみに一緒にPLAB2の勉強をしたブラジルのお医者さんたちの一人はブリストルで、もう一人はバーミンガムで働いていて、どちらもかなり多様性のある地域のようなので、いつかの記事に書いたおすすめに加えてこれらの病院も初めての勤務先としておすすめだ。バースは「日本育ちの人が考えるイングランド文化」を「標準」としてコミュニケーションが成り立っているという点では居心地はいいが、多様性の面では微妙なので、かなり人によって好みが別れそうだ。多様性がすぎると混沌に至るのだが、自分もまたその多様性の一部なので、多様性の足りない組織には居心地の悪さもある。もう少し自分の考えが煮詰まったら記事を書きたい。 NHSが安全性を担保する制度について 日本から来ると素晴らしい制度だなと思うのがDatexだ。多分日本でも看護師さんはインシデントレポートみたいな名前で作成していると思うのだが、英国ではこれが病院や診療科や職業を跨いで存在していて、医師宛のものはGMC(医師免許を管理する団体ー日本では厚労省にあたる)が取り扱っている。 腫瘍内科に勤務開始して2日目くらいに会った患者さんは、抗がん剤治療直後に他院の皮膚科医が採血もせずにメラノーマ疑い病変を切除した後にneutropenic sepsisを発症したということで、直接の関連は不明だが採血をしなかったという点に関して、腫瘍内科のレジストラがDatexしていた。これはGMCが?病院が?吟味の上、きちんと本人に通達があるらしい。 個人的な知り合いの医師は、通常量の10倍近く?のレボサイロキシンを処方された患者さんがサイロイドストームでICUに入院した?とかで、その処方をした専門医が尋問にあったとかなんとか言っていた(その後その尋問された医師が彼女に嫌がらせでDatexし返して彼女は正しい診療をしていたのに酷い目にあったという後日談も聞いた- 最終的に懲罰は受けていないが、正しい診療だったと証明するための手続きが大変だったらしい)。日本で働いている時にあやしい処方をしている開業医がたくさんいたように思うので、そういう治療が是正される可能性を秘めているという点で医師間のDatexが日本にあってもいいような気がする。 また、イングランド・ウェールズには(多分スコットランドもそうだがスコットランドには別のNHSが存在するのであまり知らない)、Quality Improvement Project (QIP) だとか Auditだとか呼ばれる制度があって、研修医2年目(FY2)を終えるまでにこれに関わることがFY2 competencyを得るのに必須となっているし、内科研修(IMT)応募でもポイントを得るための評価項目となっている。 これは最新のエビデンスに照らし合わせて病院の現在のプラクティスがどうなのかを調査して、エビデンスに合うようにプラクティスを修正する、という一連のデータ収集・分析・発表のことを指す。研修に組み込まれているという理由から、研修医は病院のプラクティス向上のために「タダ働き」させられているという見方もあるが、診療に従事しているスタッフの目線で問題点を見つけ出し改善の提案をするというのはまあ理にかなっているように思う。 前に勤務していた病院では、例えば、終末期の患者さんへのシリンジドライバー処方に関して、ホスピスではかなりintuitiveな処方方法が可能だったのに対して、隣接する大病院では加える生食の量を計算して書かなければならないなど処方ミスが起こりやすい制度だったようで、QIPによってホスピス方式に統一されたようだ。似たプロジェクトに、anticipatory meds (終末期にあり呼吸苦や疼痛やsecretion増加やせん妄が予想される人に対する事前処方)の処方方法変更があった。処方をアドバイスする緩和ケアナースの字が汚くてそれを読んだ研修医が間違えた容量で処方するということが多発したのを踏まえて、よく処方される4剤の記載されたスティッカーを発行してスティッカーに記載された薬剤ににチェックしたり薬剤の容量を二十線で変更したりして対応する、という変化後はそういう問題が激減したらしい。同じ病院ではまた、発熱性好中球減少症に対して抗菌薬処方が迅速になされない(※NHSでは3時間以上の待ち時間、冬には7-10時間の待ち時間が普通である)ということに関して研修医がデータを集めて発表したので、抗がん剤治療中の患者さんが発熱で来院した際には医師の診察を待たずに看護師が接触する時点で抗菌薬投与する、というように制度が変わったようだ。 日々の業務だけですでに過労死レベルの日本の研修医や指導医には難しいとは思うが、こういう制度があったら国全体としての診療のレベルが上がるように思うので、労働環境改善後に国に制度導入を検討してほしいと思う。 おまけ1 少なくとも7人の新生児を殺し6人の新生児を殺そうとしたとして新生児看護師のLucy Letbyが逮捕された。何十年かぶりの連続殺人鬼であること、また看護師だったということで英国は連日この話題で持ちきりだった。 どうも、いつも彼女が勤務している日に急変が起こるということで新生児小児科医(最終的には9人!)が病院のCEOに何度も状況を調査するよう・彼女を臨床業務から外すよう嘆願していたにもかかわらず、「病院の管理部は元看護師が多くアンチ医師の雰囲気があった」とかで、Lucyをいじめるんじゃない・これ以上LucyをいじめるならあなたたちをGMCに通告しますと警告をしたようで(最終的にLucyは病院からの支援を受けて無料の大学院コースへ行きつつ非臨床の業務に移ったようだ)、小児科医たちも大変難しい状況に置かれたようだった。それでも諦めず小児科医たちが警察に通報し、Lucyの複数の新生児死亡への関与が明るみにでたらしい。医師と同じように病院経営者にもトレーニングや上記QIP/Audits/Datexのような管理システムが必要だと言われていて、事件が事件だけにそのうち病院管理者にも専門トレーニングが課されるのではと私は思っている。 彼女が犯罪を犯した理由についてはまだ正確なものは明るみに出ておらず、憶測の域を出ていない。しかしながら、彼女が金髪で白人の優しそうな若い英国人であったことが事態発覚の遅れに繋がった、これがアフロ・カリビアン系のナースなら即刻調査が始まっていただろう、英国はいまだに非常に人種差別的だ、という話がまことしやかに囁かれている(私もそう思う)。 殺された赤ちゃんたちの遺族のコメントは読むだけで涙が出てしまいそうで、終身刑・生涯を獄中で過ごすことが決まったところだが、それだけでは足りないと思ってしまう。三つ子のうち二人を殺された家族もいる。 おまけ2 5月から始まった研修医のストライキはとどまるところを知らずいまだに続いているし、コンサルタント(専門医・指導医)も2回目のストライキを今週控えている。 コンサルタントのストライキは、自分たちのため(直接の賃上げ・最終賃金が年金の量を決定すること)でもあるし、後続の医師たちのため(給与がこのままだと医師がますます離職し労働環境が悪化する、NHSが維持できない)でもある。ストなんてどうでもいい、という態度のコンサルタントもいれば、患者さんには申し訳ないが大きな善のためにと断腸の思いでストするコンサルタントや、研修医には申し訳ないけれど仕事が回らないと普通に勤務するコンサルタントがいる。 日本の医療界に蔓延する女性医師蔑視は、日本の医師全体の過労傾向に過分に影響されていると思うので、日本も医師がストライキができて労働環境改善を集合的に訴えることができたらいいのになと思う。