伝聞と偏見による各国の医師の労働事情

イギリスにいると、イギリスを最終目的地としてやってきた医師の他にも、イギリスを踏み台にして他の国に行きたい医師を多く見かける。これまで聞いた労働環境や専門医取得の道のりについて、思い出せるだけまとめて書いてみようと思う。イギリスの話以外は人から聞いた話が主なので、進路の一つとして考える人は自分で裏取りをすることを強くお勧めする。何か間違っていること・追加の話がある場合には記事にコメントをもらえると嬉しい。

イギリス

利点

  • 後期研修における選抜にIMGs差別はない(内科·外科では英国の医学部卒の人が有利になりがちな「ポイント制」を採用しているので、それをIMGs差別と言えばそうかもしれないが、IMGsでもポイントを集めれば希望の科で研修ができるので他国の状況と比べると圧倒的にマシなようだ。GP/小児科/産婦人科などはMSRAという試験で希望地で働けるかどうかが決まるのでそもそもポイント制も採用していない。)
    • オーストラリア育ちのインド系医師で、インドの医学部を卒業後にイギリスに来た研修医を2人知っている。イギリスに来たのは、イギリスの医師免許がオーストラリアのそれより取得しやすいこと(イギリスの医師免許でイギリスで1年働くとオーストラリアでも働くことができるようになる)·オーストラリアではIMGsが働くのが非常に困難な科でもイギリスでは可能性があることが理由で、二人とも整形外科志望だった。イギリスで専門医になってからオーストラリアに帰るつもりなのだそう。
  • 労働環境は日本ほど悪くない。年休も多い(5年目までは28日、6年目以降は35日/年)。産休や病欠も取りやすい。
  • コンサルタントになるとさらにワークライフバランスが改善する。夜勤は基本的にレジストラで回すので、ほぼ夜勤なし(消化器内科の緊急内視鏡や外科の緊急手術、産婦人科の緊急カイザーなど、科によっては夜勤がある)、土日も基本的になし。
  • 女性医師が多い(内科はほぼ半数、科によっては過半数、外科でも3割)。
  • 昨今はプライベート診療で高額の収入を得ているコンサルタントも多い。腫瘍内科、内視鏡、精神科、外科、など特定の科だと特にプライベート診療の求人が多い。日本と違って、美容以外にも集中治療以外のあらゆる科目で一応プライベート診療が存在している。
  • 内科では退勤時間になったら日本では自分が少し長く残って片づけるような仕事でも引き継ぎのスタッフにばんばん仕事を振ってできるだけ定時で帰れるように頑張る(外科の手術がどんな感じなのかは知らない)。
  • ぼんやりしていてもビザには困らずなんとか暮らしていける。トレーニングコースに乗ってトレーニングを終えようと思ったら試験とか手続きとか色々大変なのだが、1年のnon-training jobを転々とする分には、ぼんやりしていてもビザには困らず、それを5年続ければ永住権が得られる。5年は長いけれど、米国のビザが大変なのと比べると精神的負担が少ないと思う。ビザも医療従事者用のは一般のスキルドワーカービザと比べて格安だ。
  • スタッフに外国出身者が多くて、患者さんも外国人医師や看護師に慣れている。
  • オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、ドバイ、アイルランド、カタール、サウジアラビアでも働ける。

欠点

  • 医療崩壊している。
  • 医療崩壊しているので、若手医師は指導を受ける対象というより労働力としてカウントされがち。運が良いと教育的な病院で働ける。
  • Physicians’ Associatesの規制がなく外科のトレーニングはひどい状況と言われている(これだけで一本記事が書けそうなのでまたの機会に書く)。
  • 研修中はDeanery内の病院を転々とすることになる(日本の医局派遣のイメージ?)。基本的には引っ越ししないで、片道1時間ほどかけて遠くの病院に通勤する、というのがよくある形態のようだ。でもイギリスは小さいので、「田舎の病院」と言ってもそのDeaneryの大きな街まで車で1-2時間程度のことが多く、聞いた話ではアメリカやオーストラリアの田舎ほどの隔絶感はないと思う。
  • GPは3年、内科/外科だと6-7年ほど専門医になるまでの時間を要する。
  • トレーニング期間中は夜勤やオンコールをこなしながら複数の試験を受けないといけないのでストレスが多い(でもこれは日本も他国もそうだと思うのでイギリスに限ったことではないかもしれない)。
  • IMGsには専門医になる難易度の高い科もある。例えば脳神経外科に進みたい英国医学部出身者は、学生のときからCV改善のための策を色々練るそうで、IMGsがそこに入り込むのは非常に難しい上に、コンサルタントのポジションがないので、コンサルタントになれるはずの有資格者がコンサルタント手前のレジのポジションで働いていることがよくあるようだ。
  • 残念ながらBrexitによりEUでは(イギリスの免許だけでは)働けなくなった。

アイルランド

  • 後期研修は本国の人優先で採用されるので、外国人が(アイルランドの医学部出身であっても)アイルランドで希望の科で専門医になるのは非常に難しいそう。
  • なので、アイルランドの医学部を出たアイルランド外出身の医師は基本的にイギリスにやってくる。

スウェーデン

  • イギリスの医師免許で働ける(ただし書き換えが必要)。
  • 言語能力はC1程度必要、英語が母語の人なら半年で達成可能。
  • スウェーデン全土でITシステムが統一されているので働きやすい。
  • 医療崩壊していない。

ドイツ

  • 言語力はB2程度必要。かつては試験なしで働けたが、現在はドイツの医師免許を得るための試験が必要らしいと聞いた。ここにも色々書いてある。
  • システムはイギリスと似ている。

スイス

  • 勤務にスイスのパスポートが必要。

イタリア

  • イギリスより圧倒的に忙しく、イギリスより薄給。
  • イギリスの医師免許だけでは働けない。15年前の話はここにある。
  • 医師不足なのでなんとか医師免許のことを解決したら仕事はありそうだ。
  • イタリアからイギリスに来た同期は「イギリスの医師免許があるならイタリアで働く理由がない」と言っている。

スペイン

  • イギリスより圧倒的に忙しく、イギリスより薄給。
  • 多分イギリスの医師免許だけでは働けない。
  • 冬のA&E(イギリスの冬の救急医療は崩壊していて、日本から来た私にはかなり過酷だった)で知り合った救急医が「スペインにいたときよりだいぶ生活が良くなった」と言っていた。

カナダ

  • IMGsが専門医になるのはイギリスより難しい。トレーニングポストはカナダ市民と永住権保持者向けに保護されていて例外はほぼない。
    • バングラデッシュ出身でカナダで数年働いた同僚の医師は、本当はずっとカナダにいたかったけれど、IMGsがカナダで専門医を取るのは非常に困難だということで、まずはイギリスでGPになってからカナダでGPとして働くつもりだと言っていた。
  • カナダ人医師は給与の点でアメリカに行きがちとのこと(ただし免許は異なるので受験が必要・大学院で会ったカナダ人の医師でアメリカで小児循環器内科医をしている人に聞いた)。

アメリカ

利点

  • 給与が圧倒的に高い。
  • トレーニング期間が短い。
  • イギリスのコンサルタント資格をアメリカのに書き換えるより、その逆の方が簡単なのだと、アメリカ行きが決定している麻酔科志望の研修医に聞いた。彼はパートナーがアメリカ人なのでアメリカに住むが、政治的状況が不安なので何かあったらいつでもイギリスに帰ってくる心づもりだと言っていた。

欠点

  • 給与は高いが医師保険など各種出費も高い。
  • 患者さんからの期待値が高い(たまに米国から来た患者さんを診るとそれを感じる、他の医師も言っていた、↓の記事にも書いてある)。
  • 政治的状況が厳しい(中絶の権利、トランプ再選の可能性、銃社会など)。
  • イギリスと比べて休暇や自由になる時間が少ない、コンサルタントになってからもずっと忙しい。
  • 無保険の人たちが多い、それに伴う問題や精神的負荷や葛藤がある(「イギリスならこんなことにならなかったのにアメリカにいるばっかりに…」)。
  • イギリスの医師免許は使えないので試験を受け直す必要がある。
    • ビザが大変そうだ。
  • イギリスからアメリカに行ったけど帰ってきた人の体験談 が参考になる。
  • 試験が(PLABと比べて)難しい。

オーストラリア

利点

  • イギリスの医師免許で働ける。
  • イギリスより給与が高くワークライフバランスも良い。
  • イギリスより天気が良い。
  • Doctors MESS (医局のような場所)にいくとオーストラリアに行くという研修医の話や友達が行ったという研修医の話が頻繁に飛び交っているくらい、イギリスの医療に疲れた人が目指す地域となっている。

欠点

  • イギリスのところで述べたように、一部の科(救急、GP)以外ではIMGsとして専門医になるのが非常に難しい。
  • 今のところは医師不足でイギリスからたくさんの医師を吸い上げているが、今後状況が変わるかもしれない。
  • 試験が(PLABと比べて)難しい上に高額である。(これはイギリスの医師免許を取ってイギリスで1年働くことで解決する。)

ニュージーランド

利点

  • トレーニングコースに乗ると2年で永住権が得られる。
  • イギリスの医師免許で働ける。
  • 医師不足なので多分仕事には困らない。

欠点

  • 「何もない」…とニュージーランドで働いたことのある医師や院外で会った友達がよく形容している

シンガポール

  • イギリスの医師免許があると暫定免許みたいなのを与えられて特定の条件下で働けるようだ(医師のバイトのサイトによく広告が出ている)。

ドバイ·カタール·サウジアラビア

  • イギリスの医師免許で働ける。
  • 英語が話せれば良い。
  • 先進国のパスポートを持っていると現地の医師より高い給料がもらえる(教えてくれた医師には「日本のパスポートも多分それだけで高給がもらえる」と言われた)、税金なし、格安か無料で豪邸を貸してもらえる。
  • お金を貯めたい英国の医師は、中東かオーストラリアで数年勤務するそう。

イギリスに住みながらこんなことを言うのも何だけど、色々聞いた話をまとめると、特に国にこだわりがなく「どこでもいいから海外で働きたい」みたいな感じだとオーストラリアかニュージーランドでGP/救急医をするのがいいと思う。

繰り返すが、上記はあくまで伝聞や私の限られた経験に基づいた記載なので、進路の一つとして考える人は自分で裏取りをすることを強くお勧めする。また何か間違っていること・追加の話がある場合には記事にコメントをもらえると嬉しい。

Author: しら雲

An expert of the apricot grove

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