NHSの業務細分化について

日本の医師免許をイギリスのものに書き換えるための、PLAB2に向けて勉強しているときに、あらゆる疾患にクリニックがあったり専門スタッフがいたりすることに驚き(OSCEスクリプトの中に「TIAクリニックに紹介する」「胸痛外来に紹介する」などの文言が出てくる)、NHSがどのように機能しているのか全く理解できなかったのだが、働き始めてだんだんとわかってきた。

NHSの病院はかなり大規模なものばかりなので、私が直接関わっただけでも「Learning Disabilityのある患者さん支援だけをする専門看護師」「ひたすら患者さんにplaster(ギプス)を当てるスタッフ(看護師ではないと思うがあのスタッフたちの背景が何なのか実はよく知らない)」「採血だけをするスタッフ(phlebotomist)」「患者さんの院内の移動/検体輸送だけを担当するスタッフ(porter)」「糖尿病患者さんの血糖コントロールだけを診る専門看護師」みたいな一つのことに特化した専門的な職種が存在していて、それだけで仕事が成り立っている。今は私もその一部で働いているので、この記事ではそれを紹介しようと思う。

Acute Oncology Service

今私が働いている部署はAcute Oncology Serviceと呼ばれる。これはNHSによくある部署で、がん関連の治療(化学療法、免疫療法、放射線治療)から6週間以内の患者さんを診ることに特化して設置されていて、

  1. 患者さん/外部の医療者から直接かかってくる電話の対応
  2. 救急科など他科を経由して入院した患者さんたちに関する対応
  3. コンサルタントの外来で/ケモ外来で問題が見つかった人たちのマネジメントに関する対応

が主な仕事だ。

患者さんからの電話では、抗がん剤治療に伴う全身倦怠感、発熱、口腔カンジダ症、口内炎、下痢、便秘、皮疹、COVID感染症、疼痛、気持ちの落ち込み、何らかの感染症疑い、やその他がんに関する質問全般を主に扱っている。外部の医療者(ホスピスの看護師、GPなど)からの電話では、?MSCC (=metastatic spinal cord compression;イギリスでは⚫︎⚫︎疑いは “? ⚫︎⚫︎”と書く)への対応や、検査の組み立て、外来予約(外来を組み立てるスタッフに連絡)、などが主な仕事だ。

他科依頼の患者さんについては、私のレベル(SHO=Senior House Officer;医師2年目〜5年目くらいの立場で働く医師のこと)では自ら判断を下すことはなく、レジストラ(医師6年目以降の後期研修医、くらいにあたるだろうか)やコンサルタント(指導医・専門医)と一緒に回診をして、方針決定・カルテ記載をする。(患者さんからの直接の電話でも、よほど典型例以外は全例上級医にコンサルトする決まりとなっている。)

コンサルタント/ケモ外来からの診察依頼では、低マグネシウム血症、低カリウム血症、高カルシウム血症や ?MSCC の人に対して、適切な処方をしたり検査をしたりする。

棲み分けの難しさ

「最終のがん治療から6ヶ月以内の患者さんの問題を取り扱うこと」は、医療者の視点からだと比較的扱う疾患や症状がはっきりしているが、患者さんの側からだと決して簡単ではない。そもそも、何が癌やその治療から起こっている症状で、何がそうでないかを非専門家の患者さんに判断させているようなところがあるので、なかなか厳しいなと思う(とはいっても日本でも素人の患者さんたちが自己判断で消化器内科とか心療内科とか循環器内科とか自分がそうだと思う科を受診しているので、どこもまあそんなものなのかもしれない?)。

当院では、抗がん剤治療を受ける患者さんは、(1)ケモ外来の連絡先、(2)その癌に特化した専門看護師の連絡先、(3)AOSの連絡先、(4)がん発症以前からお世話になっているGP、の4つの電話番号を知っており、自己判断で、(1)から(4)のどれかを選択して電話をかけてくる。

(1)から(4)間でのやり取り(「それはうちじゃないのであなたのところでよろしく」)はよくあるし、全部こちら側の手間が増えるだけではあるが、患者さんに説明する時に(「それはうちじゃないので別部署のスタッフからあなたに連絡をします」)、自分が患者さんだとすごくわかりにくいだろうなあと申し訳ない気持ちになることがある。

昨今のGPへのアクセス難化(NHSは日本基準で言うともう崩壊しているので、GPへのアクセスも地域によっては容易ではない)も相まって、本来ならGPで処方されるべき薬剤をAOSへ頼む人/GPで診てもらうべき疾患をAOSに持ってくる人もいて、そのへんの扱いをどうするかAOSスタッフ内でも手探りに方向性を決めている。

たとえば麦粒腫は意外とAOSへの電話でよくある主訴で、レッドフラッグを除外した後の麦粒腫はそんなに対応が大変でなく一往復の電話で終了してしまうこともあり、本来ならAOSの対応ではない疾患だがみんな普通に対応している(最後に「悪くなったらGPに行ってくださいね」で電話を締める)。

坐骨神経痛なんかは難しくて、?MSCCとして各所からレファラルがくるもののその検査や治療を担当するのは一般内科チームなので、AOSを通り越してそのまま右から左へという形で一般内科チームに送るか、一旦AOSで評価するか、迷うケースがある。AOS単独では入院を担当することができずまた外来での検査体制も一般内科や一般外科と比べて遅いので、MSCCを強く疑う場合にはすぐに内科に送るのがいいが、限りなく坐骨神経痛を疑うような主訴や病歴のひともいて、そんな場合にはAOSで診てからGPに検査依頼の手紙を書いて、GPにMRIを組んでもらう(MRI撮影にも、24時間以内、1週間以内、3ヶ月目以内、というようにいくつかのpathwayが決まっていて、医師の放射線科チームとの無理矢理な交渉で少し早くしてもらうこともあるが、日本よりはだいぶ時間がかかる)。

抗がん剤治療からくる初発便秘なら当科で扱うけれど、抗がん剤治療からくる継続した便秘なら専門看護師が処方し、抗がん剤治療以前から続く便秘ならGPで処方してもらうように、など、同じ症状でも原因や経過の違いによって扱う部署が分かれているので、医療者にとっても働き始めの頃は混乱が多い。

また、関連する組織があまりに多くてパニックになっている患者さんは本来ならAOSの対応ではないけれど対応を一手に引き受けて各部署と調整する、など、患者さんがどのくらい困っているかで対応が変わることもある。

病院による違い

棲み分けの難しさは病院ごとの違いもあり、たとえば同じ医療圏内にある病院Aでは “Cancer? Come in!”(教えてくれたレジの言葉の引用)という雰囲気なのに対して、病院BではBand 8の看護師(デキる看護師)が「8週間前のケモ?うちじゃないのでGPに電話してください」など電話だけでバッサバッサと診察依頼/対応依頼を拒否していくという話もあり、混乱を極める。

以前元GPだという患者さんが申し訳なさそうに私たちのAOSに電話してきたことがあったが、こういう内部事情を知った今、私もいつか病気になったら細かいpathwayを気にして医療者の顔色を伺いながら申し訳なさそうに電話する患者さんになりそうだと思う。

制度のすきま

あまりに分業が細かいためにどこからも漏れ出てしまう患者さんもいる。前に勤めていた病院では、軽度知的障害のある終末期の患者さんの対応に腐心した話を緩和ケアの看護師からきいた。関係者全員に軽度知的障害があり、なんとかルーティンの生活は送れるがそこから少しでもずれると各人の生活が破綻してしまうようなカップルと友人たちが複数で共同生活をしているお家で、本院のdisability専門チームは院外案件は対応していないということで相談に乗ってくれず、コミュニティのdisability専門チームは終末期の患者さんには対応できないとかで、他にも年齢やら住所やら何やらでいくつもの制度からこぼれおちたこの患者さんの対応を緩和ケアの看護師が一手に引き受けていたようだ。

Author: しら雲

An expert of the apricot grove

Leave a comment