6ヶ月目の日記

呼吸器内科にいた時のコンサルタントたちがお疲れ会を開いてくれた。参加者は思ったより少なかったけれど、職場の人との飲み会はとても楽しかった。日本では職場の飲み会は悪く言われがちな気がするが、私は結構好きだったので、イギリスでも参加できて嬉しい(パンデミック以前は病棟ごとの飲み会が時々あったようだが、パンデミック後はその文化はほとんど消滅してしまい、私より少し上の研修医もこんなことは初めてだと言っていた)。

パンデミックまでは、5年間毎年人工呼吸器を新調してくれと頼んでも聞いてくれなかった病院が、COVIDが始まるやいなや「何台欲しい?」とコンサルタントに聞いてきて、「20台」と言ったら翌日に35台の人工呼吸器が届いたと言っていた。当時話題になっていたロンドンのナイチンゲール病院のことも聞いたのだが、これがひどくて、「人工呼吸器が必要な患者に限る」「ただし患者と一緒に看護師も連れてくること」「昇圧剤使用なし、腎機能のサポート不要の患者に限る」とかなり搬送条件が厳しかったそう。作ったものの使用されずに税金が無駄になったと当時大きく批判を浴びていたが、今あの病院はどうなっているのだろう?

数年前は、呼吸器内科で毎週水曜日の回診後にコンサルタントがbunを持ってきてティータイムがあったそうだ。bunというのはドーナツみたいな食感の細長い生地に砂糖がかかった食べ物で、ドーナツでも通じないことはないが、伝統的な呼び方が好きな人はそれをbunと呼ぶらしい。参考にBBC Good Foodの bunの写真を貼る:

コンサルタントの金銭的負担が大きいため・研修医の仕事量が多くティータイムの時間が取れないためいつの間にか中止になったそうなのだが、町の高齢者憩いのカフェや患者さんの様子をみていると、ティータイムがいかに英国人にとって大事な時間なのかがわかる。

患者さん家族が火葬を希望する場合、その書類を書いた医師に82ポンドの臨時収入があるのだが、それをash cashと呼ぶらしい。呼吸器内科、老年内科あたりはash cashの臨時収入が多く、とあるコンサルタントが研修医の頃は、これらの科を回る研修医が、外科などash cashのない科を回る研修医をパブに招いでash cashで奢る文化があり、「これはMr Williamsへの乾杯」「これはMrs Evansへの乾杯」と患者さんへ感謝しながら飲んでいたらしい。ちなみにパンデミックが一番酷かった時期に呼吸器内科を回っていた研修医は、ash cashが給与よりも高かったそう。大変さが窺われる。

コンサルタントは患者さんと会わないように勤務地から少し遠くに住んで通うことが多いらしい。

私の病院はとても大きいと感じていたのだが、英国的にはまだまだ序の口の「田舎の小さめの病院」という存在で、ロンドンでは規模がさらに大きいらしい。この規模でも色々なことがギリギリ回っていると感じるので、これ以上大きな組織になったらうまくいかないことが頻発しそうだと思った。参考:

内科のon callだったときに目が回るほど忙しく 20 patients to be seenだったこともあったのだが、それの鍵を握るのはレジストラ(以下レジ)らしい。レジが強気だと「それはうちじゃない」「その人は帰宅させて」と入院を大量に断るらしく、その下の研修医の仕事が経るようだ。もちろんその反対は、しょうがないか内科だもんなと全例受けるレジで、そういう人がメインのレジだったりコントローラー(忙しい日は入院依頼・受診依頼を受けるだけが仕事のレジがいる)だったりすると研修医も大変みたいだ。最近コンサルタントになったレジの中でもかなり位の高かった元レジのことを研修医が褒め称えていて、自分が内科にいた頃には気がつかなかった視点を得た。

コンサルタントの元部下で、オーストラリアの都心部のプライベート病院で内視鏡をしている医師は、年間300,000 ポンドの収入があるらしい。オーストラリアは収入もワークライフバランスもイギリスより良いようなので、どこでもいいから外国に住んでみたいという日本出身の医師はオーストラリアがおすすめだ。私はイギリスやヨーロッパが好きだし縁あってイギリスにいるので引っ越すつもりはないが、英国人でもオーストラリア移住を考えている人がたくさんいるし、特に地域的な好みがないなら人にはオーストラリアを勧めたい。古い記事になってしまうが、2011年にはGPの13%とスペシャリストの22%がオーストラリアに行ったようで、今その数はさらに膨れ上がっていることと思う。イギリスで1年働くとオーストラリアでも働けるようになるので、将来的にオーストラリアに行くことを見据えてイギリスに来るのもいいかもしれない(オーストラリアのPLABに相当する試験は受験費用の高さや難易度がネックらしい)。

妊婦さんが胸部レントゲンをとるときに、昔は鉛の腹巻をしていたそうだが、数年前にそれがむしろ腹部への放射線吸収を高めることが判明して、使わなくなったらしい。そもそも日本にいたときに妊婦さんをレントゲンに送ったことがないので意識したことがなかったが、新しいことを学んだ。

It was like an old-school night. とある日の朝の引き継ぎで夜勤の医師が言っていた(この表現を知らなかったので勉強になった、英国人と働いていると新しい語彙を学ぶ機会が時々ある)。この頃はニュースでNHSの崩壊ぶりを熱心に報道している影響があるのか、患者さんの数がクリスマス前後よりも少なくて、待ち時間も1-2時間程度になっている。相変わらず廊下に寝ている人はいるし、救急車の列もあるにはあるのだが、救急科勤務を始めた頃の最初の数週間とは比べものにならない。仕事にも慣れてきて、仕事中に「まだ6時間もある…」と思うことは無くなりあっという間に時間が過ぎるようになった。最近shop floorという呼び方も学んだ。診察室などを指すのだが、この表現を疑問に思っている研修医も多いみたいで、敢えて使う必要はなさそうだなと感じた。

イギリスは抗菌薬の処方に厳しいと聞いていたのに、救急科だと上級医によってはバンバン出している。発熱2日目でとてもウイルスめいた症状のこどもにも抗菌薬を出す。それでも各医師の中で明確な処方基準があれば良いのだが、レジによっては気分で同じ症状の人に抗菌薬を処方したりしなかったりするので、患者さんに説明する立場の私は少しモヤモヤする。

外国人医師との外国人同士でのコミュニケーションが難しいのはやはり数週間経っても変わらない。最近だと、とあるレジに You should see him. Paeds. You should see him. と言われて、私は「もう診たけど?別の子のこと?1時間後再診予定だけどそのこと?」と混乱していたのだが、彼の意図するところはI will review the child with you. だった。We should see him. と言ってくれればまだ推測が簡単だったと思うのだが、You should see him. から I will review the child with you. を推測するのは難しすぎる。こういう小さなコミュニケーションのズレを毎回繰り返すので結構疲れる。

当院の non-traumatic limp の小児に関するガイドラインがとても保守的で(全例小児科と整形外科にコンサルト、採血の閾値も非常に低い)、その存在を知らなかったレジがとてもびっくりしていた。数年前に当院でseptic arthritisで子どもが亡くなったらしく、どうもトラストの院内ガイドラインは国や学会の指針だけでなくそういう悲しい個別ケースにも基づいて作られているらしい。そういえば、病院で普通に出くわすあらゆる症状や疾患に院内ガイドラインがあることに勤務当初はびっくりしていたが、今では困ったら機械的に院内ガイドラインを参照するようになった。

PLAB準備などで英語での診察はある程度訓練しているものの、カルテをかく訓練はしていないので、救急科勤務でカルテを書いているといまだに日本語が浮かんでくる。例えば三角形の形に負傷した人の傷を表現するのに「いっぺんの長さ」を英語でなんというのだろうとか、食塊が食道に詰まったことをなんと表現すればいいのだろうとか(これはfood bolusというらしい、ボーラス投与のボーラスと同じ単語だ)、そんな具合だ。

小児を診るようになって、称号がMasterの男の子が時々いて、こんなに小さいのにマスターなのか〜おうちが地主で既に土地を所有してたりするのかな?などと思っていたのだが、実はMasterは小さい男の子に使う肩書きらしい。男の子はMisterになる前にみんなMasterを経るようだ。

英国に来て多発性硬化症の人をよく見るようになって、英国での有病率が気になって調べてみたら、やはり日本よりも多いようだ。しかも日本では英国より症状が軽いことが多いらしい。日本と英国の違いはたくさんあるけれど、特に多発性硬化症の人をよく診ること、ドラッグ・アルコールの問題が非常に多いことと、それから痛み止めにモルヒネをかなり閾値低く使うことが(制度の違いなどを除いて)これまでで一番驚いたことかもしれない。

Author: しら雲

An expert of the apricot grove

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